三十五話 平和的な解決

 平和的な解決がこの世に存在するのは、そう見せることに意味があるからだ。表面上はそうする。あとで、復讐すればいいから。

 だから、今から俺が目指すのは平和的な解決ではない。そう見せる必要もない。クズならクズらしく、最後までクズでいればいい。


「なんで、お前はあんなことを言ったんだ?」


「なんでって、それは学校での生活を守るのに必要だったからだよ」


「必要……?」


「そう」


 どういうことだ。全く理解できない。妹は今、波江花架なみえはなかに告白しようとしている。それがなんで必要なのか。


「にぃ、わからないの?」


「全くわからない」


波江花架なみえはなかさんって同じクラスの子でいるでしょ?」


「ああ」


 それについては知っている。なんなら、妹よりも深く知っていると言えるだろう。だって、彼女の本当の思いも聞いてしまっているのだから。


「それで、彼女がどうしたんだ?」


「その波江なみえさんなんだけど、どうやらにぃのことが好きらしいんだよね」


「はっ?」


 妹からの思いがけない言葉に、俺の脳はフリーズする。思っていた展開と違う。

 だいたい、花架はなかが好きなのは、俺じゃなく妹の方なんだ。そのことをこの場で俺が話すのは、さすがに間違ってるから言えないが。

 だとしても、花架はなかが俺を好きになる理由なんて一つもない。なにを根拠にそう思ったのかも理解できない。


「もしかして聞こえてなかった? 波江花架なみえはなかさんはね、にぃのことが好きなんだよ」


「聞こえてなかったわけじゃなぇよ。そうじゃなくて、なんで波江花架なみえはなかさんが俺のことを好きになるんだ?」


「? そのことなら、私よりもにぃの方がよく知ってるでしょ?」


「はい?」


 かみ合わない話に、どう答えればいいのかわからない。妹がなにを考えているのか、もともとわからなかったが、余計にわからなくなる。それに、俺はここで話すために、それなりの覚悟を持って、決意を固めてきたのだ。

 なのにどうして。どうして、こうなったのか。


「もう、波江なみえさんとよくお話してるのにぃでしょ? それなのにわからないなんて」


 妹は呆れたように息を吐く。なんでわからないの? と、これがらにぃはと。鈍感でもなんでもない。俺は全ては知らなくとも、花架はなかが好きなのが俺じゃないことを知っている。

 だから、どうして妹がそう考えたのかがわからない。妹は未だに呆れたような顔をしながらこっちを見ている。


「とにかく、にぃはね、気にしなくていいんだよ」


「なんで。なんでそんなことを言うんだ?」


「だって、別に波江花架なみえはなかさんと付き合うってわけじゃないんだから」


 そう言った妹の顔に、冗談やウソをついてるような様子はなかった。至って真面目で、そして最初からなにをするかなんて決まってるという、別の意味で覚悟を決めた妹の姿があるだけ。なにを考えているかは未だにわからない。

 けど、なにをするかは理解してしまった。このあと、妹はきっと、波江花架なみえはなかをこっぴどく振るんだろうと。

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