お化け屋敷(後編)

 それからゴネだした妹は厄介だった。

 お願いお願いと泣きついては、ズボンを下ろそうとしたり、とかく面倒くさくなって首を縦に振った瞬間、それはもう満点の笑顔で嬉しそうにしていた。


「ありがと、にぃ。………………ちょろ」


「はっ? なんて?」


「なんでもー」


 全く、調子のいいやつである。

 ただまあ、俺もきっとチョロいんだろう。

 結局いつも、妹の頼みを断ることのできない俺は。


 ❀❀❀❀❀


「よかったです! みのり先輩と一緒にお化け屋敷に入れて。私、お化け屋敷って苦手なんです。怖いのとか平気で、お化け屋敷に強い先輩と入れてほんとによかったです!」


 ニコッと俺に笑いかけてくれた彼女は、妹の後輩にあたる声優の花奈未夏織はなみかおりさん。

 ちなみに、妹の芸名は桜川穂さくらがわみのり。だからみのり先輩と呼ばれてる。

 そして、夏織かおりさんとは、彼女の初めての現場で初めて会い、先輩として色々話していたらなつかれたんだとか。

 特に、自分の名前が可愛くないという理由で芸名にしたという共通点なんかもあり、仲良くなったとのこと。

 その結果、今では二人一緒に仕事に呼ばれることが多くなり、今回もそんな感じらしい。

 妹からそういった仕事関係の話を聞くのは新鮮だったため、少々、いや、かなり面白かった。

 ただ、そんなに仲がいいとなると気づかれるのでは? と疑問に思って妹に言ったら、大丈夫だよ。あの子はいい子だし、お化け屋敷の中って暗いし。

 そうして、俺はお化け屋敷前に送り出されたわけなのだが、特に中腹までは普通のお化け屋敷で、彼女も怖がりつつも普通に歩くという、中々に普通が続いていた。

 まあ、普通でいいんだけども。


「やっぱりさすがですね、みのり先輩。私はこんなに怖いのに、堂々としていてかっこいいです! みたいですね」


 その言葉に俺は気づかれたのかと、思わずドキリとする。

 そんな俺などは気にでもしてないかのように、彼女は腕に抱きついてきた。


「もう、どうしたんですか、みのり先輩。さっきのはちょっとした冗談ですよ。みのり先輩、いつもかわいいのに今日はかっこいいので、ギャップ萌えです」


「そうなんだ~」


「ですです。みのり先輩のかわいさは世界を幸せにできるぐらいです」


「それは言い過ぎだって」


「そんなことないですよー。私は既に、みのり先輩のかわいさで幸せにしてもらいましたから」


 そう言って、デレデレとした顔でくっついてくる。

 彼女がくっつくと、ついでというかオマケレベルでというか、彼女の胸もまあ当たる。

 決してそういった感情を抱かないというわけにはいかないだろう。


「そう言えば、みのり先輩のお兄さんって、どんな人なんですか?」


 ……? 妹は兄がいるとでも過去に話したことがあるのだろうか?

 あまり妹の仕事について聞く機会なんてのもなかったから、もしかしたら彼女から仕事をしてるときの、演技をしてるときの妹について聞けるかもしれない。


「お兄さんって、かっこいいんですか?」


「ふ、普通だよー」


「そうなんですね。かっこいいんですね。みのり先輩も凄くかわいいですし、きっと美男美女の家系なんですね」


「そ、そうかな……?」


「ですです」


 なんだかどうしていいかわからなくなってきた。

 さっきからお化け屋敷のことそっちのけで話しかけられている。

 まあ、お化け屋敷が怖いから、あえて俺に話しかけることによって、怖さを感じないようにしてるのかもしれない。


「ところで、先輩」


「なんだ?」


「どうして、女装なんてしてるんですか?」


「へっ?」


 途端に、目の前が真っ暗になるような錯覚に襲われる。

 気づかれた。隠しきれてると思ってたのに、気づかれた。

 今まで気づかれもしなかったから、少し油断してたのかもしれない。

 驚きと動揺が俺を襲い、本当の意味でどうすればいいかわからなくなる。


「もしかして、気づかないと思ってました?」


 そう言いながら、彼女は俺から一歩離れる。


「お化け屋敷入ってからおかしいと思ってたんです。いつものみのり先輩なら…………」


「…………なら?」


「私がお化け屋敷苦手だってわかった瞬間、お化け屋敷の誰も見えないところで私の胸を片手にキスをしてくれるはずなのにっ!」


「そんなことするわけないだろ!」


 思わず、俺は素の声を出してしまった。


「ふ、ふふ、遂に正体を表しましたね」


「き、気のせいだよー」


「そうですよね…………って、なるわけないじゃないですか! それに、私がみのり先輩のことわからないわけないじゃないですか! みのり先輩の腕はあと2ミリは細いですし!」


 なんでだろう。怖い。

 この子、めちゃくちゃ怖いんだけど、さっきから。妹からはいい子だって聞いたけど、絶対にいい子じゃない。

 というか、妹のこと好き過ぎるヤバい子でしょ。


「ああぁー」


 と、なんにも知らないお化け役の人が普通に脅かしにきた。

 不意に来たものだから、俺も少し驚く。


「きゃっー」


 さすがというかなんというか、声優さんなだけあって、悲鳴がかわいい。


「わ、私、本当にお化け屋敷は苦手なんですよー。この際、あなたがみのり先輩でなくても構わないので、お化け屋敷から出るまで一緒にいてください」


「いや、その、いいんだけど、さっきまでは大丈夫だったよね?」


「お化け屋敷って、暗いと思いませんか?」


 なにを言い出したんだろうと少し疑問に思いながら、俺は彼女の続きの言葉を待つことにする。


「暗い場所だったら、なにをしても誤魔化せると思いません?」


「思いません」


「その、みのり先輩とキスできると思いませんか!?」


「思いませんけど!」


「まあ、そういうことなので。さっきまでは、そういったのを伺いながら歩いていたので大丈夫だったのですが、あれ? おかしいぞ? いつもよりちょっとだけ腕が太い気がする! と思ったら、なんだかみのり先輩じゃない気がして。そして、今となるわけです」


「はあ」


「お化け屋敷って怖いんですよ」


 俺はあんまりそう思ったことがないのでわからないが、怖いのだろう。

 それから、数分もの間お化け屋敷を彷徨うと、無事お化け屋敷『絶叫の館』から脱出したのだった。

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