二十五話 制裁

 一汗かくことになってしまった。

 結局、授業終了までやっていた卓球のせいである。全くこれだから運動は嫌だったのに。

 すでに着替え終わってるのに、まだベトベトしてる。正直ちょっと気持ち悪い。


「あっ、川和かわわさん、探しましたわ!」


「うっ……」


 なんていう勢いで突撃してくるんだ、こいつは。もう、全身から元気さというのが溢れてる。


「どうしましたの? まさか、川和さん……」


「どうしたの?」


「お仕置きですの!?」


 なに言っちゃってるの、この子。仮にも委員長のあなたがそれはやばいでしょ。どっちかというとお仕置きする側でしょうに。


「でもでも、ここ学校ですわよ? それなのにお仕置きだなんて、い、いい、いいんですの?」


「人が全然いないからって好き勝手言うのはよくないよー。万が一聞かれたら勘違いされるでしょ?」


「勘違いなんですの?」


「勘違いでしょ! 大体、なんで私がお仕置きするの」


 まず、そこだ。どうして俺がそんなことをしてあげなくちゃいけないのか。別にしなくてもいいだろう? という話だ。


「それは、さきほど卓球で負けたので、そのお仕置きではないんですの?」


「違うよ? 大体、学校でそんなことしないよ」


「学校じゃなかったらしてくれるんですの!?」


「しないよ!」


 こんなこと、他の誰かに聞かれたらどうすんだよ。

 そう思ってると、嫌な視線を感じる。


「誰?」


「どうしましたの、川和さん」


「そこに誰かいない?」


 そう言いながら、その場所まで見に行く。

 静かになった空間には雨音だけが響いてる。


「い、いやー、盗み聞くつもりはなかったんだけどね」


 そう言って現れたのは、例のスポ女だった。


「どこから聞いてたの?」


「お仕置きの、くだりかな。いや、ほんとその辺からだからね?」


 それってほぼ全部じゃん。最悪だよ。絶対勘違いされてる。


「そういう関係だったんだね。あー、えっと、他の人には絶対言わないから安心して?」


「そんな心配はしてないよー。勘違いしてることが問題なんだよー」


 大体そんな関係なわけないでしょ。俺がそんなやつには見えな……。いや、そもそも今は女の子にしか見えてないのかー!!

 面倒くさい。脳がバグる。


「でも、どうしてここに?」


「あー、えっとね。愛莉珠ありすちゃんだったよね? スマホを置いていったから追いかけ来たんだよ」


 こいつかー。こいつのせいだったかー。いや、ほんとお前よ。そう思いながら、愛莉珠ありすを見るとすごく嫌そうな顔をしている。

 いや、なんでお前がそんな顔してるんだよ。


「あっ、えっと、これ……」


 そう言ってスポ女は渡してくれる。


「あ、ありがと」


「もう、お礼はちゃんと言いなよ」


「は、はい。ありがとう、ございます」


「あはは。私はお邪魔だったかな。それじゃ、先行くね」


 気を使ってくれたのか、そう言って彼女は先に行ってしまう。いや、なんの気を使ってるんだよ。ほんとに、もう。


「あー! せっかくの川和さんとだけの秘密の関係がー! 他の人にも伝わってしまいましたわ!」


「誰にも話さないって言ってるんだし、別にいいんじゃないの?」


「ちっともよくありませんわ!」


「どうしてよ」


 なにがそんなに嫌なのか、大変嘆いている彼女を見ながら私は頭に疑問符を浮かべる。


「川和さんを独り占めしているという背徳感が最高でしたのに」


「とりゃ」


「あいた!」


 華麗に頭をはたいてあげる。いや、これじゃダメなのか。ダメなんだよな。ずるいって、その体質。


「川和さん、ついに学校で──」


「違うから! ただ、ちょっとバカなこと言ってるバカな子に制裁を与えただけ」


「それは──」


「勘違いしないで。別にバツを与えたわけじゃないから!」


 そんな俺のことを彼女はニヤニヤした顔で見ている。

 くっそ、なんでだよ。なんでそうなるんだよ。言えば言うだけ不利になっていく現状に、やるせない気持ちになる。

 あー、くっそ顔が熱い。


「どうしました?」


「なんでもない! ほら、行くよ」


 もし俺がほんとに女の子だったら、これは百合展開になるんだろうか。

 そんなことをふと思いながら、俺は熱を冷ますように雨の音が響く廊下を早足に抜けるのだった。冷たい風を肌に感じながら。

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