十六話 スカートをめくった罰

「で、にぃはなんで死んだと思ったわけ?」


 明るくなった部屋の真ん中、俺は妹と対峙していた。というか、まるでこれから取り調べでも行われるのかというセットがそこにはあった。

 まあ、どれも急ごしらえだから適当テキトーなものしかないけど。

 ただ、俺の今の状況はその状態とさほど変わらない。


「いや、だって、その、暗かったし? 包丁持ってると思って、刺されたわけだから死んだかなって」


「痛くなかったでしょ。血も出てないし」


「ほら、その、死ぬと痛みないって言うし、それに血だって出ても暗くてわからないかなって」


「だとしてもわかるでしょ、死んでるかどうかぐらい」


「うっ……」


 たしかに、普通ならそれぐらいわかる。暗闇だったからなんて言い訳、まあ通用しないだろう。少しは考慮に値するかもだけど。

 でも、やっぱり一番は──


「なんでスカートなんかめくったの?」


 そこか。そりゃそうか。なにを思えばそんなことをしようと思うのかという話だ。

 今の俺が思い返してもあの選択はわけがわからない。

 だって、3つの選択肢で残ってたのがあれだったってだけだし。


「てか! なんなんだよあれ! 急にあんな風に襲って来て。まじでイカれたかと思ったわ」


「そんなことよりスカート捲った理由──」


「まじで殺されるかと思ってくそビビったし怖かったわ」


「はぁ。まあ、それだったらそれは成功なのかな。上手に演技ができたってことだと思うし。にぃがそう言うならそこそこ上手にできてたってことだと思うし」


 ため息をつきながらも少し嬉しそうにする。

 きっとこれは練習だったのだろ。妹は仕事のぐちなんかは基本的に話さない。

 こないだのお化け屋敷の一件だってかなり珍しい。だって、まずそんなことあり得ないから。

 イヤなものはイヤと言えるはずだし、妹が仕事のことで手を抜くなんてことしないから。

 だから、こうして練習したのだ。

 まあ、先に話してからにしてほしいとは思うけど、きっとそれはできないのだろう。

 俺の過去のことがあるから。


「で、なんでスカートなんて捲ったの?」


「別になんでもいいだろう。減るもんでもねぇんだから」


「開きなおった!?」


「だいたい、いつも見てるわけだし、今さらだろ」


「えっ……?」


「えっ?」


 俺の一言で場は一瞬で凍りついた。それはもう見事としか言えないほどに。

 俺もさっきの発言のヤバさに今ごろになって気づく。

 つまりは誤解、いや誤解でもないんだけど誤解されたわけだ。


「にぃ……」


「いや、それは違くて! ほら、洗濯物! 干されてる洗濯物で見てるってだけだから」


「ふーん」


「いや、まじで!」


 それから妹はなにがあったのか、急に笑い出す。俺はその状況に全然ついていけず、ただただ茫然としてしまう。

 それから妹はなにを思ったのか、俺のおでこに一発だけ、けど優しくでこピンした。

 さっきのビンタとは違い、ツンっというちょっとした衝撃。それだけのはずなのにビンタの痛みが上書きされたような錯覚をする。

 そして、相変わらず妹は笑いながら、そしてはにかみながら、こう言うのだった。


「これで許す」


 なにもかもがわからない。許すもなにも、そんなことはしてない。

 いや、してはいるけど、それは俺だけが悪いわけじゃない。

 でも、それでいい気がした。

 たった一発のでこピンだけで、俺はもうなにもかもがわからなくてよくなった。

 この話はここで終わり、そんな気がするから。

 けど、俺の気持ちとは裏腹に妹は口を開く。


「ねぇ、にぃ。なにがあったの?」


「なにがって? なにも──」


「ウソ」


 なにもないって言おうとしてそう吐き捨てられる。

 なにもないなんてことがないってはっきりわかってると、妹はわかってるのだ。


「私のことなんだと思ってるの?」


「妹」


「そうじゃないでしょ。私たちは双子。もちろん、だからって感覚を共有はしてないけど、わかるよ。今のにぃの変化ぐらい。なにかあったってことぐらい」


 双子ってのはそう考えると不便だ。そう思うしかない。

 だって、隠し事もあったもんじゃねぇ。


「まあ、でも、そうだね。先に風呂でも入ってきてよ。にぃも女装したままじゃイヤだろうし。化粧は先に落とすんだよ」


「あ、ああ」


「話はあとでするから」


 つくづく思ってしまう。俺はどうしようもないほど、クズで、情けなくて、ダサい。

 兄としては到底失格で、必要ない存在。

 それでも俺を必要としてくれる唯一の理由、それはきっと肉親だから。

 歪な関係の兄妹きょうだいだから。

 もし俺が、妹と赤の他人だったら──。

 そこまで考えて、俺は思考するのをやめる。

 だって、考えたって無駄だから。もしもの仮定なんか、こと絶対変わらないことに限っては時間の無駄だから。

 たとえ、この世の中に絶対なんてなかったとしても。


「にぃ、どうしたの? もしかして、今の方がいい?」


「いや、大丈夫」


 その場でただ茫然とするだけの俺を見て、妹は心配したのか声をかけてくれた。

 それがわかるからこそ、俺は思う。

 早くあの問題を解決させて、妹に安心してもらいたいと。


 風呂に浸かり頭を冷やすと言うよりは頭を温めたわけだけども、ずいぶんとスッキリしていた。

 霧でもかかってたものがクリアになるあの感じ。なんで風呂に入るとこうも頭の中がスッキリするのか、わけがわからない。


「これ、食卓に運んじゃって」


 そして、風呂から出てきた俺を迎えたのはいつもよりも豪華な食事だった。原因は俺だろう。

 ほんと、心配されてんな。

 些かそこまでするのかと思わなくはないけど。

 ただ、やはり──


「なぁ、なんでどれも俺の嫌いな食べ物なんだよ!」


「いいじゃん、いつもより多いんだし。作ってもらってるくせにー」


「いや、でもさ、これはなくないか?」


「食べたらみんな一緒」


「味が、味が違うんだよ! 大体、なんだってこんなにニンジンのレパートリーがあんだよ! ほぼ全部がニンジンじゃねぇか」


 さっきから食卓にせっせと運ぶ料理のどれもにニンジンが入ってる。

 ニンジンのポタージュに、ニンジンハンバーグ、ニンジンの煮物……etc。


「こういうときって俺の好きなものとかじゃないの?」


「いや、なんで? だってこれ、私のオーディション合格を祝してるだけだし」


「なんでだよ!」


「もしかしてにぃ、私がにぃのことをあまりにも心配して豪華な料理を作ったとでも思ったの?」


 妹がニヤッとした気がした。

 カッコウの的を見つけたときのそれのように。

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