第44話 見物と商会探し

 ライト達は、平民が泊まる中では清潔で商人が好みそうな鍵付きの宿屋を取ると、散歩に出かける事にした。


 馬車と馬は宿屋に任せ、街を見て回る事にする。


 荷物は室内に運び込み、監視にガロを置いていく事に。


 ガロは、最初、族長フェルンやその息子フィロウと離れる事に不満を漏らしたが、族長フェルンに命じられると、嫌とは言えず、渋々承諾した形であった。



「ライト、あれはなんだろう? あれも初めてみる!」


 初めて賑やかな異国の街に来た族長の息子フィロウは、見たことがないものや、光景に目を輝かせ、この時ばかりは一人前の戦士ではなく、七歳の子供としてライトに沢山の質問をする。


「あれは、鍛冶屋の工房かな。あっちは、木工職人の工房だよ。この辺りは職人の工房が集まる通りみたいだね」


 ライトは、好奇心を刺激されて嬉しそうなフィロウの疑問に答えていく。


 その言葉通り、ライト達の歩くこの通りは、職人通りであり、各工房の職人達が店頭に自分の作品を飾ってその技術力を誇っている。


 技術の詰まった奇妙な鉄の小さい塔を店先にドンと飾っている者もいれば、複雑な彫刻と木材の組み合わせの板を立てかけている者もいた。


 それらは見るからに売り物ではなく、腕のある職人が見たら感心するような技術が詰まっている代物であって、決して何かの商品というものでないのは明らかである。


 要は、この通りの職人同士で技術力を自慢したいだけのようだ。


 だが、それが、各工房の看板代わりになっており、それを見て仕事を依頼するというのがこの職人通りの暗黙の了解のようである。


 フィロウは、それを一つ一つ見て、「これは何に使うのだ?」とか、「こっちは?」と質問が絶えない。


 族長フェルンはそんな息子が楽しそうな姿を見て満足そうである。


「『ご主人様、いろんなものがありましゅ』」


 ライトの頭の上には、一見するとウリ坊にしか見えないソルテが、乗っており、そう感想を漏らす。


 ソルテも、辺境の地で魔物として生きてきたので、人の世界の華やかな文明に触れるのは初めてのようだ。


 そのソルテの声はライトの『読心術』を使って聞いているので、他の者には聞こえない。


「坊ちゃん、商人探しは、別の通りに向かった方が良いと思います」


 専属メイドのアリアが、ライトにそう助言する。


「そうだね。──フィロウ、商店が多い通りに移動しようか」


 ライトは、この通りを十二分に楽しんでいるフィロウに声をかけた。


「うん? ああそうだな」


 フィロウは楽しむ事に夢中で、その返事は上の空であったが、ライトに引っ張られて通りの角を曲がると、違う通りに移動するのであった。


「お? この通りで正解みたいだね。商会の看板が多いから」


 ライトは、ようやく目的の通りに来れたようなので、そう漏らす。


「へー、こっちはこっちで見たことがないものが多いな! それに、店先で聞こえる音や匂いも全く違う。あっちは物を叩いたり削ったり、鉄やいろんな木の匂いもしていたけど、こっちは商売する客引きや取引を中心とした話し声が多いし、人の匂いが強いかな」


 フィロウは感じたままにそう感想を告げる。


「フィロウ、毛皮や魔石、珍しいものを扱っている商会を探して。商会によっては、全く違うものを扱うところもあるからね」


 ライトが友人にそうお願いする。


「わかった!」


 フィロウはライトに頼られて嬉しそうに応じると、店舗の看板や店先の商品、そして、店内を一軒一軒覗き込んでいく。


 それはライトとアリアも同じでなるべく高く取引してくれそうな立派な店構えの商会に的を絞りつつ、見て回る。


 族長フェルンは、フィロウがはぐれないように見張りつつ、周囲にも目を配っていた。


 どうやら、護衛に徹してくれているようだ。


 しばらく、一行は商会の集まる通りを端から端まで見て回り、いくつかの商会に目星を付けた。


「ちょっと、軽く交渉して来るね」


 ライトはそう言うと、アリアを連れて、目星の商会に入っていく。


「いらっしゃい。何だい坊ちゃん? メイドを連れて何か買い物かい?」


 店内で入り口付近にいた従業員が、ライトに対応した。


 入ったお店は魔石を扱う商会で、店内にはガラスケースに入った色とりどり、形や大きさもそれぞれ違う魔石が並んでいる。


 ライトは、それらを見て、自分が持ち込もうとしている魔石が劣っていない事を確信する。


 白狼族から物々交換で受け取った魔石は、それだけ良いものであったのだ。


「このお店で、この魔石はどのくらいの値段になりますか?」


 ライトは、そう言うと、肩から下げているバッグから、一つの魔石を取り出して、従業員に見せた。


「これは……。 ──すみません、魔石の鑑定です、お願いします」


 ライトに対応した従業員は、魔石を凝視した後、ライトを一瞥して、チラッとメイドのアリアに視線を向ける。


 そして、すぐに、奥にいる鑑定人に声をかけた。


「あいよ」


 奥から、作業をしていた鑑定人が出てきた。


 そして、ライトとメイド姿のアリアを見て、「?」となるのであったが、ライトの手にある魔石を見て、少し動きが止まる。


「鑑定だね? こっちに来てくれ」


 鑑定人は、声をかけてきた従業員に視線を送りつつ、ライトに奥に来るように告げる。


 ライトは頭にソルテ、そしてアリアと一緒に店の奥に入っていくと、鑑定人の目の前に魔石を置いた。


「ふむ……。ちょっと待ってくれよ」


 鑑定人はそう言うと、鑑定用のルーペを取り出し、魔石を見る。


「なるほど……」


 鑑定人はそう言うと、魔石を手にしたまま奥の作業場に入っていき、「やっぱりそうだ」という声がすると、すぐに戻ってきた。


「これは一見すると三等級魔石に見えるが、それによく似ている七等級魔石だな。高く値段を付けても小銀貨二枚、が良いところだが、どうするね?」


 鑑定人はそう言うと魔石をライトに返す。


 だがライトは、その魔石を受け取らない。


「どうした、坊主?」


 魔石を受け取ろうとしないライトを疑問に思って鑑定人が聞く。


「これ、さっきの魔石と違いますよ? 奥で似たものに交換しましたよね」


 五歳の子供とは思えないはっきりした口調で、ライトはすり替えられた魔石の事を告げる。


「なっ、何を言っているんだね!? 私はこの商会で一番の鑑定人だぞ! そんな事をするわけがないだろう!」


 鑑定人は、ライトの言葉に慌てふためくと、大きな声を上げて激高する。


「でも、渡した魔石は魔力純度が高く、濃い青色だったのに、この魔石は魔力が低く奥の方が濁った色になっています。それに、魔石から出ていたいくつかの突起が、少し丸くなって形が違います」


 ライトは一目見ただけで、持ち込んだ魔石との違いを指摘した。


 と言っても、実は、鑑定人の心の声を『読心術』で聞いていたので、それをそのまま、告げただけであり、実際は鑑定士でもないライトがそんな些細な変化に気づくのは難しい事ではあったのだが……。


 この指摘には鑑定人もぐうの音も出なかったのか、大袈裟な声で、


「あ、よく見ると、さっき比べた魔石と間違えて持ってきていたみたいだ! ──よ、よく気づいたな、坊ちゃん、はははっ」


 と鑑定人は答えると奥に戻り、本物の方の魔石を持ってきて、ライトに渡す。


 ライトはそれを受け取ると、


「ここで売るのは、止めておきます。信用問題もありますし」


 と冷たく言い放つと、アリアを連れて店を後にするのであった。


「坊ちゃん、良く気づきましたね。私は全く気づけませんでしたよ! ──それよりも、あんな事をするなら指の一本や二本斬り落としても良かったのではないですか?」


 物騒な事をアリアが告げる。


「どうしたんだ、ライト?」


 フィロウもアリアの言葉に反応して理由を聞く。


 ライトが簡単に説明すると、憤るフィロウであったが、ライトがそれを止めた。


「ここで問題を大きくしたら、僕達の方が痛くもない腹を探られるから駄目だよ」


 ライトのもっともな指摘に、フィロウは納得すると、別の商会を探す事にするのであった。

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