第8話 追放決定
「何? もう一度聞くが、『聖なる農家』だと?」
ザンガ国王は、部下の報告を聞いて同じことを聞き返していた。
「はい。大司教様から直接確認させてもらいました。──やはり、六歳で行われるはずの儀を五歳で行ったことで、本来貰えるはずのスキルとは違うものが与えられたのではないかとおっしゃっておられました」
部下はその時の大司教がライト第十王子に同情している様子だった事など、嘘や演技ではなさそうだということも付け足して報告した。
「ふっ……、わははははっ! よりにもよって『農家』とは不憫な弟だ! さすがの俺も同情を禁じ得ないな。はははっ!」
ザンガ国王は、自分が命じた前倒しの洗礼の儀のせいでライト第十王子の一生を決めるスキルが残念なものになったのだが、そのことは忘れたように同情するように言いながら、あまりにもおかしくて笑ってしまう。
「年端も行かぬ弟である。俺としてはせめてそのスキルを活かせる土地に異動させてやらないとあまりにもかわいそうだな!」
ザンガ国王はそう言うと、最後の心配のタネであったライトの処遇を決定することにした。
「それでは第十王子は?」
「うむ。一番南の農業が盛んな辺境地域送りとする。もちろん、監視役は付けるがな」
ザンガ国王はライトを無害と判断しながらも、その辺りは慎重であった。
スキルが残念でも、いつどこで反抗姿勢を見せて自分に牙を剥くかわからないからである。
ザンガ国王としては、本来、弟達は全て斬首にして自分の足元を早く固めたいところではあったが、王族殺し、家族殺しは世間を敵に回す材料にしかならない。
対外的にも身内殺しの王など、評判は最悪になるだろう。そうなると自分に対しての討伐理由を諸外国や国内の反ザンガ派に与える事になるから、国が危うくなる可能性は極めて高い。だから、その辺りは慎重に行うつもりでいた。
そう、各遠方に飛ばして共同戦線を張れなくし、各自を確実に潰していくつもりでいる。
それは事故でも病気でもいいし、謀反を起こすなら逆賊として堂々と討伐できるからなお良い。
諸外国に亡命しようとするなら、国を見捨てた者として監視役に殺させても問題ないだろう。
ザンガ国王はそれらを想定し、五年から十年を目安に、最終的には全員を処分できれば良いと考えているのであった。
「南の辺境に領地を頂けるのですか?」
第十王子であるライトは自分の処遇が決定して、それが王都からははるかに遠い南の辺境地域であることを聞くと素直に驚き、それを告げた使者に聞き返す。
「はい。ライト王子殿下には、蛮族達が多い南の辺境地域に領地を構え、畑でも耕しながら守るようにとの陛下のお言葉です」
使者は慇懃無礼にそう告げる。
これには教育係のレオン・ロードス子爵も眉を寄せたが、言われている当の本人は五歳の子供らしく、
「陛下にはありがとうございますとお伝えください!」
満面の笑みでそう応じた。
使者は、あまりの無垢で純粋そうな笑顔に、自分が危険な立場なのをよくわかっていないのだな、と少し同情しそうになる程であったが、使者もザンガ国王の臣下である。
それも、一瞬で勅書を渡すと、すぐに立ち去るのであった。
ライトとしては、首の皮が繋がったという思いであったから、嬉しいというのが正直な気持ちである。
とはいえ、南の辺境地域は東の国境線の戦争地域と違って長閑なところとはいえ、蛮族が国境線をよく侵すことがあり、安全と言えるところではない。
そんなところの領地を、まだ、五歳のライトに任せるというのだから、いつ死んでくれても問題ないぞ、と言っているようなものである。
教育係のレオンもそれを察して、ライトに対して同情的であった。
専属メイドのアリアも意外にそれは一緒である。
彼女の場合は、元々はライトが生まれたての第十王子ということで、歯牙にもかけていなかったし、将来はいい男を捉まえて幸せになればよい、くらいに割り切って仕事をこなしていた身だ。
しかし、五歳まで面倒を見ていると、さすがに情も湧くというものである。
もちろん、同情にも限界があるという理由付きではあったが。
ライトはこうして、『エセ霊媒師』スキルがザンガ国王に知られることなく、辺境に追放さながらに送り込まれることになったのである。
もちろん、ライト的には命が長らえたことを喜んでいたし、それに、優秀な教育係であるレオン・ロードス子爵が傍にいれば、なんとでもなるという思いもあったから、現在の王宮にいるよりは絶対的に安全だと考えているのであった。
だから、ライトは五歳の無邪気さをもって引っ越し準備を始めた。
領地を与えられるということは、それなりの引っ越し準備も必要になる!
……はずであったが、それは意外にすぐに済んだ。
勅書を受け取ってから、王都を出るまでわずか一週間で追い出されることになったからである。
ライトもこれには、ろくな準備もできなかったのだが、それも安全な土地に行けると思えば、まだ、我慢できた。
それに自分には優秀な教育係レオンもいるから道中で頼ればいい!
ライトはそう思っていたのであったが、出発の日、予想外な出来事が起きた。
「ライト王子殿下……。私はついていけません……」
レオンの口からそんな驚きの言葉が告げられる。
「え……? ──えぇー!!?」
ライトはそこで初めて悲鳴に近い絶望の声を上げた。
どんなことがあってもレオンだけは自分の味方であり、傍にいてくれると信じられる程の繋がりがあると思っていたからだ。
それにレオンは宮廷貴族なので領地はなく、身軽な立場のはず。
自分のことを心配して南の果てであろうとも付いて来てくれると思っていたから、この言葉は意外でしかなかった。
「申し訳ありません、殿下……。私は勅令で他の部署へと異動することになりました。その代わりに殿下の教育係兼補佐として国王陛下より新たな者が付けられることになっています……」
レオンは本当に申し訳なさそうな表情で、頭を下げて事実を伝えた。
「お、終わった……」
ライトは最後の頼みの綱であり、一番信用して期待していたレオンが来ないことにショックは大きい。
「それでは、失礼します。殿下、お元気で……」
レオンはそう言うと、見送りもせず、その場をあとにする。
一番信用できると思っていた人に裏切られるとは……。
ライトはレオンの背中を悲しい思いで見送るのであった。
こうなると、自分の幸せが第一の専属メイド・アリアも……。
そう思っているとそこに、専属メイドのアリアが、大きな鞄を持ってライトの下にやってきた。
あ、これが最後の仕事か……。
もう、期待できないライトはそうぼんやりとその姿を見つめる。
「御者さん、この鞄を荷台にお願いします」
アリアが最後の荷物運びを御者に委ねると、アリアはライトに向き直る。
「ライト王子殿下、これで最後ですね」
アリアは感傷的な雰囲気も見せず、ライトの名前を呼ぶ。
「……うん。アリアにも今まで色々お世話になったね。……君はこれからどうするの?」
ライトは専属メイドであったこの将来美女になるであろうこの美少女に、今後の勤め先を聞く。
「私は、殿下についていきますよ?」
アリアは当然とばかりそう告げる。
「え……? えぇー!?」
ライトはこの日二度目である想定外のことに驚きの声を上げ、続けてその疑問を口にした。
「だ、だって君、ついてくる気なさそうだったじゃん!?」
ライトはスキル『エセ霊媒師』の能力である『読心術』でアリアの心の声を聞いていたから、ついてくる気は全くないだろうと思っていたので、思わずそうツッコミを入れる。
「何を言っているのですが王子殿下。私は殿下の専属メイドですよ? 確かに迷いはしましたけど、教育係のレオンさんみたいに上からの命令もありませんし、ついていきますよ!」
何か吹っ切れたような笑顔でアリアはライトに付き従うことを誓う。
ライトは思わず嬉しくてアリアに抱きつく。
そして、条件反射で『読心術』を使用した。
(このまま王都にいると醜男の下級貴族の妾にされそうだし、血なまぐさいこともこっちで起きそうだから、ライト王子についていく方が、まだ、安全とはさすがに言えないけどね!)
おおい!
ライトはアリアの感動とは程遠い心の声を聞いて、内心盛大なツッコミを入れるのであったが、それでも少しは頼れる彼女が来てくれることは、ライトにとって心強いのであった。
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