第31話 善行の反動とその後

 洪水対策の為に治水工事を行ったライトは、予想通り、激しい頭の痛みに寝室でもだえ苦しんでいた。


「頭が割れる……!」


 ライトは、前日調子に乗り過ぎたことを痛みから知る事となった。


 つい『エセ降霊術』で降ろした能力があまりにも凄いものだったので、一気に使用しすぎたという事をである。


 やはり、五歳のライトにとっては、エセ降霊する能力は負担が大きいのかもしれない。


 ライトは専属メイドのアリアが処方してくれた頭痛薬も一切効かないので、痛みの中で今度からは調子に乗らずに少しずつ使うようにしようと考えるのであった。



 丸一日次元の違う頭痛に苦しんだライトは、翌日にはけろっと治っていた。


「昨日の死ぬかもしれないと思った痛みが嘘のよう……」


 さすがに、拷問のような痛みに一日苦しんだライトは、心持ちげっそりしたような気がする。


 だが、それも丸一日経過するとそれまでの痛みが嘘のようにすっきりしているのも確かであり、ライトは今後もこの反動にどこまで耐えられるのか怖い気分になるのであった。


「坊ちゃん、もう大丈夫ですか? このまま、死んだらどうしようかと思いましたよ。死なれたら私、この辺境で誰も当てにできる人いないですから……」


 アリアは普段、心の中でしか言わない悪役メイド的なセリフを、口に出していった。


「あははっ……。珍しく本音が漏れ出ているよ、アリア? ──僕も今回の痛みはさすがにヤバいと思ったよ……」


 ライトは指摘すると、苦笑して答える。


「あっ! 坊ちゃん、失礼しました! ──ここでは、話せる人が少なすぎるので独り言が増えてしまい、思ったことを口にするようになっている気がするんですよね……」


 アリアため息混じりにそう応じた。


 確かに話せる相手が、主人であるライトと悪役執事であるロイド、無口な庭師のキリ以外いないので、アリアも独り言が増えても仕方がない気がする。


 ライトはいつもアリアが傍にいるから、話しかけられるが、アリアはメイドである以上、普段の愚痴やどうでもいいことなどは、ライトに言えるわけがないのだ。


「何でも話してくれていいからね? 僕もアリアもこの辺境で生きていく為には協力していくしかないんだからさ」


 ライトは実際、このアリアの存在には助けられていたから、心からの言葉であった。


「坊ちゃん……。ありがとうございます! それでは……。──坊ちゃん、無茶をし過ぎなんですよ! 例の能力で何でもできるのかもしれませんが、その能力が凄ければ凄い程、私はその反動が心配で不安になります。坊ちゃんはまだ、五歳なんですよ? 甘えていい年ごろなのだから、もっと私を頼ってください! ……まあ、私にできる事と言ったら、兵士の真似事や料理に裁縫、お掃除、その他ちょっとくらいしかできないのでお役に立てているのかどうか……。それに──」


 アリアはお礼を言うと、溜まっていたものが一気に吹き出す。


 おっと、スイッチが入ったなぁ……。って、アリア、君がいなかったら僕は身の回りのこと出来ていないからね? 本当にありがとう。


 ライトはアリアがしゃべっている間、この頼もしいメイドに心の底から感謝するのであった。



 朝からライトはアリアと話しながら食事を済ませると、この日も白狼族族長の息子フィロウが、護衛の戦士ガロと訪れてくる。


「おはよう、ライト。今日は何をするんだ? 僕もできることがあったら手伝うよ?」


 フィロウはすでにライトの友人という地位を得て、族長の息子という地位でのプレシャーが減ったのか、すっかり年相応の雰囲気に落ち着いていた。


「少年領主。お前のせいで俺はここの領民達から拝まれるようになってしまったではないか! フィロウ様を差し置いてなんで俺が……」


 白狼族一番の戦士であるガロは、先日のライトによる治水工事を行ったことになっていることに困惑気味であった。


 違うと拒否すれば、フィロウに怒られるし、ライトの立場が悪くなる事にもなるから本当のことは言えないので、領民に感謝されると良心が痛むのである。


 白狼族の戦士ガロは、敵に強いが好意的な目で近づいてくる相手には滅法弱いのであった。


「白狼族とこのミディアム領の親善の為に犠牲になってください」


 ライトはいたずらっ子のような笑みを浮かべて、ガロに答える。


「そういうことだ、ガロ。お前が治水工事を行った戦士になってくれれば、白狼族の印象も良くなる。それは、みんなの為にもなるのだからな」


 フィロウも笑ってライトに追従してガロに正論を言う。


「わかりましたよ! ですが……、──少年領主! お前の為ではないからな! 俺は白狼族の為に汚名……じゃないか? ──名声を甘んじて受けよう、がしかし、縁が切れた時は、お前がやった善行を洗いざらいぶちまけるからな!」


 ガロはライトを貶しているようで、凄く良いことを言っているという妙な発言をする。


「う、うん……? その時はよろしく。はははっ!」


 ライトもそのことに気づいて、この裏表のない戦士ガロに好感を持って返事をするのであった。



 そして、この日は、いつも通りの野良仕事を行い、夜に備えた。


 村人から畑を荒らすものがいると報告を受けていたからだ。


 どうやら相手は魔物らしいのだが、夜間に畑を荒らすだけでなく、土も汚しているらしい。


「土を汚すとは?」


 フィロウが、ライトの友人よろしく相談に来た村人に詳しい話を聞く。


「魔物特有の呪いだと思います。通常、魔素を多く吸収して獣から魔獣に、魔獣から魔物になりますが、魔物クラスの中でもさらに魔素を取り込んだものがこういった土地を汚す祟り持ちになると言われています。儂らも子供の頃に一度聞いたことがある程度なので珍しいことなんですが……」


 村人は、そう言うと怯えた。


「ああ、祟り憑きのことか。それなら、僕も知っている。──ライト、今晩はここに泊まっていいか? 僕もガロと一緒に協力したい」


 フィロウはそう言うと、ガロを巻き込む前提でお願いする。


「フィロウ様!?」


 ガロはまた、厄介事に巻き込まれる気配がしたのか嫌な顔をするのであった。

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