第13話 二人の想い

 この辺境の地は、最後の領主ドイナカーン男爵の名から、ドイナカーンという名になっているらしいのだが、昔からミディアムという地名があり、地元住民はそう呼んでいるらしい。


 その名は、蛮族達も使用しているので、ドイナカーン男爵が変更させたようだ。


「ミディアム(前世の言葉で『霊媒』)か……。丁度いいね。それじゃあ、今日から僕はライト・F(フェイカー)・ミディアムとでも名乗ろうかな」


 ライトは王家を示すランカスターの名字をこの地で名乗るのは危険だろうと思っていたので、改名を口にした。


「……坊ちゃん、賢明な判断かと思います」


 専属メイドのアリアもライトの改名に賛成した。


 この辺境は蛮族と国境を接する場所である。


 そこで王家の名を名乗るなど、「殺してください!」もしくは「人質に取ってください!」と言っているようなものだ。


 当然ながら普通は、王子ということで優秀な護衛が沢山付いてくるものだが、残念ながら兄であるザンガ国王は、自分が手を下さずに死んでくれることを望んでいるから専属メイド以外誰も付けてくれなかった。


 身内殺しは世間の心証が悪いからできないだけで、殺したいのは山々だから、もし、自分が蛮族に捕えられたら、蛮族を煽って自分を殺させようと動くだろう。


 そんなことにはライトもなりたくない。


 出来ることなら生き延びて、平和な暮らしがしたいところである。


 もちろん、王子である以上、責務があるからそんなわけにはいかないが、せっかくの異世界転生暮らしだ。


 楽しく生きたいところであった。


「あれ? そう言えば、僕の補佐役(監視役)がつく手はずになっていたと思うのだけど……、結局、僕とアリアの二人だけだよね?」


 ライトは当然の疑問を口にした。


 そう、国王ザンガは、無能なスキルの持ち主であるライトさえも自由にさせる気は毛頭なく、補佐役という名の監視を付ける手はずをとっていたのだ。


 だが、このミディアムの地に到着した時には地元住民以外監視役らしい者はいないようである。


「多分、遅れてくるのではないでしょうか? 私達がこの地に送られることが決定したのは、急でしたから」


 アリアは苦笑してライトの疑問に答えた。


 確かに、ザンガ国王は即断即決で王子達の処遇を決定していた。


 逆に自分の場合、洗礼の儀を受けさせる為にその決断が少し遅れていたくらいであったから、監視役の決定もその後になっただろう事は容易に想像がつく。


 それで人選が遅れているのであろう。


 ライトはアリアの説明に納得すると、監視役が来るまでの数日の間に、このミディアムの地を少しでも知るべく、村長や地元住民に聞いて回ることにするのであった。



「なんだい、新しい領主様?」


 村の長老的な皺の深い老婆は、ライトが挨拶をしてきたのでそう答えた。


「僕はライトと言います。おばあさん、この地の歴史について少し聞かせてもらえませんか?」


 ライトは老婆に丁寧に質問する。


「この地の歴史かい? 村長から、私を紹介されたんだね? はぁ……」


 老婆は面倒臭いとばかりに溜息を吐くのであったが、続けてライトにわかるように、この土地の歴史について話し始めた。


 その内容は、この地がずっと国境線が曖昧な場所であることから始まる。


 最初は、国王が有力な貴族にこの地を与えて、蛮族に対抗していたのだが、その蛮族に逆に滅ぼされる貴族が後を絶たず、そのうち、この領地を与えられるという事は、死ぬ事と同義であるという土地になっていったらしい。


 その為、この地を与えられた者は、国境線を曖昧にすることで、蛮族からの攻撃を避け、大人しくするしかなかったようだ。


 それに、地元住民を粗雑に扱うと、どこからともなく蛮族が聞きつけ、悪政を敷く者には罰を与えるのだとか。


 それらが有名になったことで、この地を与えられる者は、長生きするのが難しく、陸の孤島とも呼ばれ、中央からは恐れられる土地になったらしい。


「……そんなところに五歳の僕を送るとか殺意の塊過ぎて……」


 ライトは老婆の話を聞いて内心ため息が漏れる。


「坊ちゃん、蛮族には睨まれないように、大人しく生活しましょう……」


 メイドのアリアも老婆の話を聞いて悲壮感あるアドバイスをした。


「……はははっ。さらには監視役もつくとか、僕の人生、一体どうなるんだろうね……」


 前向きなライトも流石に少し、暗い気持ちになる。


「ものは考えようさね。領主様がこの土地でどう生きたいのか。それによって、楽しくも辛くも変わってくるのじゃないかい? この土地で生きている私達はそれなりに楽しく生きているからね。ひゃっひゃっひゃっ」


 老婆はそうライトにアドバイスを送ると、笑うのであった。



「この土地でどう生きるのか……、か。蛮族や監視役などまだ知らないことが多すぎるけど、僕には『エセ霊媒師』スキルがあるし、まだ、生きる望みはあるかもしれない……。多分」


 ライトは屋敷に戻ると、そう自分に言い聞かせて望みを口にした。


「坊ちゃんその意気です! でも、そのエセなんとかって何ですか?」


 アリアはライトのスキルは『聖なる農家』だと思っていたから、聞き慣れないスキル名に首を傾げる。


 ライトは思わず口が滑ってスキル名を口にしたことに後悔するのであったが、よく考えると、この辺境の地に付いて来てくれたのは、一番信用がなかったアリアだけだ。


 一番信用していた教育係のレオン・ロードス子爵にはあっさり断られたし、執事や他の使用人達、乳母などは当然ながら付いて来てくれなかった。


 その中で、『読心術』で心を読んである程度性格を知っていて付いてくる可能性が一番低いと思っていたアリアだけが、意外にもこの辺境まで付いて来てくれたのである。


 そんなアリアを信じずに誰を信じればいいというのか。


 ライトはそう自分に言い聞かせ決心すると、アリアに自分のスキルについてある程度説明することにした。


 さすがに、『読心術』については話せない。


 これは、道義的に話してはいけない気がしたのだ。


 話せば今の信頼関係も問答無用で壊れるかもしれない。


 それくらい心を読むという行為が危険な行為であることは、流石のライトでも理解できた。


「……エセ霊媒師? そんなスキル聞いたがことがありません。坊ちゃん、このことは私以外に話しては駄目ですよ? もし、このことが、これから来る監視役の耳にでも入ったらすぐに坊ちゃんは消されるかもしれませんから……」


 アリアはライトに顔を近づけると、小声でそう警告する。


 その瞬間、ライトは反射的に『読心術』を使用した。


(坊ちゃんのスキルが農家でなくて良かった……。王子なのに農家はあまりに不憫すぎるもの……。あっ……、私は専属メイドとして心配しているだけよ。相手は王子殿下、それもいつ処罰されるかわからないのだから、感情移入しすぎたら私が破滅するわよ!)


 アリアは心の中で自分にそう言い聞かせていた。


 そうだよな……。いつ殺されてもおかしくない立場だから、そんな僕についてきたアリアの身も危ないんだよなぁ……。


「アリア……、僕……、君が不幸にならないように頑張るよ!」


「え? 私でなく坊ちゃんご自身のお話ですよ、ふふふっ。──でも、そうですね……。一緒にどうにかして苦難を乗り越えましょう!」


 アリアはライトの的外れな反応に不思議そうにするのであったが、今の自分の心情に沿うものであったことから笑顔になると、吹っ切れた様子で頑張る決意を口にするのであった。

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