第14話 危険な訪問者

 ライトと専属メイドアリアが、二人でこの辺境での生活を頑張ると決めた数日後。


「ふぅ……。屋敷内の大掃除や整理も済んだし、この周囲の状況もなんとなく理解できたけど、その結果、何もない事だけがわかったね」


 ライトは、屋敷の執務室でそうぼやいた。


 そう、この辺境地帯は一面の畑、それだけなのだ。


 領都であるはずのこの場所は領都と言うには当然ながら小さいので街とは呼べず、ゴヘイ村長が村長を名乗っているように、村の規模でしかない。


 仮にここをミディアム領、ミディアムの村としよう。


 その村の民はゴヘイ村長情報では、全部で百人程。


 男女比率は半々程度、子供は二十人、働き盛りの大人は六十人くらい、残りは老人である。


 だが、その子供や老人も何かしら仕事を見つけて働いているらしい。


 農家が一番多いのは当然として、中には村で唯一の商店を開いている者もいれば、馬車を所有して近くの街まで荷物の運搬を生業にしている者もいる。


 近くの森や山に狩りに行く者もいて、それなりに村は経済が回っているが、領主という立場でみた場合、あまりに何もすることがないところだ。


 前領主で王都出身のドイナカーン男爵が、何もないこの土地に絶望して自殺するのもなんとなくわかる気がする。


 便利な王都で過ごしていた貴族にとっては、何もない(と思われる)この地は地獄かもしれない。


 だが、ライトは、どこでも生きられるのならありがたいという気持ちでいた。


 あのまま王都にいれば、いつ何時、国王の兄ザンガに謀殺されるかわかったものではないからだ。


「何もないところですが、今のところ坊ちゃんにとっては一番安全な場所だと思います」


 メイドのアリアはライトの気持ちを代弁するようにそう答える。


 アリア、わかってるね!


 ライトは激しく同意するのであった。



 ライトにとって一番安全な場所、ミディアム領はこの日の昼にある人物が来訪したことで安全な場所ではなくなった。


 そう、ライトの補佐役として王都から一人の宮廷貴族が派遣されてきたからである。


 表向きは補佐役、しかし、その実態はライトの監視役である事は必然だ。


「初めまして、ライト王子殿下。私はロイド・ロンド男爵と申します。この度は、この土地の領主就任おめでとうございます。私はライト様の成人まで補佐するようにと国王陛下直々に勅命を受けた身。粉骨砕身、その職務を全うしますのでよろしくお願い致します……」


 ロイド・ロンドと名乗った貴族は、金髪巻き毛に茶色い目、ぽっちゃり体形の典型的な貴族という感じである。


 年齢は二十五歳と若い。


「二十五歳? もしかして、レオン・ロードス子爵をご存じですか?」


 ライトは話のとっかかりにこのロンド男爵と同じ年齢である自分の教育係であった宮廷貴族、レオンの名前を口にした。


「……ええ。奴とは同期で宮廷貴族として先代国王陛下に二人ともお取立て頂きました。ですが、あちらは子爵になり、私は男爵のままですが、それが何か……!?」


 ロンド男爵はそう言うと、ライトに鋭い視線を向け、つま先から頭のてっぺんまで値踏みするように見る。


 話を広げようと思ったら、いきなり地雷を踏んだっぽい……。


 どうやら、教育係であったレオン・ロードス子爵とはライバル関係にあったようだ。


 その彼がライト王子(五歳)の監視の為にはるばる王都からこの辺境に来たということは出世街道を外れたか、もしくはその途上で、ライトを死に追いやる功績を立てて王都に帰るのが目的なのかもしれない。


 だが、王都に残ったレオンの方が利口のような気がする。


 いや、このロイド・ロンド男爵、自ら出世の為に名乗り出た可能性もあった。


 ましてやライバルが教育係を務めていた王子である。


 その王子を国王の意に沿う報告をして死に追いやれば、王都に戻った時、その功績を高く評価されるという計算をしているのかもしれない。


 実際、ロンド男爵は、僕をさっきからずっと観察するように見ているじゃないか!


 ライトはそう考えると一気に死ぬ未来が迫ってくる恐怖を感じる。


 メイドのアリアは自分の傍で何食わぬ顔で立っているが、『読心術』でその内心を聞くと、


(坊ちゃん、短い辺境生活でした……。ありがとうございました……)


 とすでに諦めムードだから、なおさらライトは絶望感に支配されそうになるところだ。


「……そうでしたか。ロードス子爵は教育係として優秀だったので、一緒にここへ来てほしかったのですが、断られまして……。信じていただけに、とても残念でした……」


 ライトは少しでもこの自分の監視役であるロンド男爵の気を引こうとライバルらしいレオン・ロードスをしれっと悪者役に仕立てることにした。


「そうでしょう、そうでしょう! 奴はそんな男ですよ! いざとなったらわが身の可愛さに安全な道を選ぶ奴ですから!」


 ロンド男爵はライトの駆け引きでの言葉に、想像以上に賛同する反応を示した。


 お? この反応ってことは……。出世の為に希望したのではなく、嫌々命令でここに飛ばされた感じ?


 ライトは死に直結しそうな監視役、ロンド男爵の心情が少しわかって、まだ、望みがありそうな気がした。


 この監視役をこちら側に引き込めれば、自分の寿命は確実に延びるはずだ。


 そう察したライトはチラッとアリアを見上げる。


 するとアリアも同じ気持ちだったのか、無言で小さく頷いた。


「そうかもしれません。彼とは信頼関係にあると思っていただけに、かなりショックでしたから……。ロンド男爵、それなのにあなたは私の補佐役としてこんな辺境に進んでやってきてくれました。あなたは宮廷貴族として国家の為に働く真の貴族です。僕は感銘を受けました……。これからよろしくお願いしますね」


 ライトはロンド男爵を丸め込もうと、おだてる言葉を並べ、握手を求める。


「おお、ライト王子殿下! いえ、ライト様! よくわかっておられる! このロンド、いえ、ロイドとお呼びください。私はライト様を盛り上げていきますぞ!」


 ロンド男爵はそう言うとライトが差し出した手をがっちりと握った。


 その瞬間に、ライトは『読心術』能力を使ってロンド男爵の心を読む。


(こんなど田舎に飛ばされて絶望していたが、この王子、思ったより利口そうだ! 絶望的な監視役をするより、補佐役として教育した方が私の身の為になるかもしれない!)


 よしっ! こっち側に引き込めたかもしれない!


 ライトは、ロンド男爵の心情を知って、内心ガッツポーズを取ると、また、少し生きながらえることができそうだと、安堵するのであった。

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