第15話 執事と使用人

 ロイド・ロンド男爵は、おだてに弱い性格であったが、意外に話の分かる人物であった。


 ライトの能力である『読心術』でも確認したが、ロイドはレオン・ロードス子爵の代わりとしてライトに付けられたというのが、表向きの理由であり、裏の理由が監視役であるということも、その口から打ち明けてくれた。


「でも、そんなことを僕に話していいのですか? 僕は王子とは言っても第十王子。それもまだ、五歳です。誰も僕には期待していないですし、現在の国王であるザンガ兄上がいつまでも僕を生かしてくれるとも思えませんが……」


 ライトはロイドの信用を得る為にも、ロイドを心配しつつ、非情な現実を言葉にしてその覚悟を確認することにした。


「ライト様。私はね? 最初からこの辺境に来るのが嫌でした。ですが、同期のレオンが才能を買われて王都に留め置かれたのに対し、私がその代役として選ばれてしまいました。当然私は断りました。何せその理由が『同期だから』ですよ? 信じられますか!? 確かにあいつは同期の中では一番優秀でしたよ? でもね? 私だって優秀でした! しかし、上司とそりが合わず、煙たがられているようだと思ったら、それだけの理由で私を辺境に追いやったのです! あんな連中、死ねばいいのに! 絶対許せないです! 私は奴らを追い落とす為なら何でもしますよ! ライト様、この辺境から反乱を起こし、王都に攻め上がり奴らを根絶やしにしましょう! 皆殺しにするのです!」


 ロイドは興奮気味にそう言うと、五歳のライト相手に過激なことを言う。


 ライトの隣にいた専属メイドのアリアが、とっさにライトの耳を塞いで後半部分を聞こえないようにした。


 それでもほとんどは聞こえてしまったライトであったが、このタイプは心を読まなくてもわかる。


 復讐心でいっぱいだから、僕をその為に補佐するということだろう。


 これから毎日、国王ザンガや上司、レオンの悪口を吹き込み、反乱を起こすように自分へ囁き続けるつもりなのかもしれない。


 だが、こちらにしたら、それがありがたい。


 アリアも僕もこの監視役を欺きながら生活することの難しさを想像していたからだ。


 復讐どころか反乱を起こす計画は大迷惑だが、辺境に飛ばされた者同士、歩み寄れる。


 つまり、ここで生活する分にはかなり楽になったということだ。


 ライトは首の皮一枚繋がったことに安堵した。


 それはアリアも一緒で、


(坊ちゃんと私の命が助かって良かった……)


 と心の底から安堵していたのである。


 それに、これは大きな変化だ。


 アリアはいつも自分第一で、優先順位は当然ながら自分の身の安全だったのだが、ライトを優先してくれるようになっている。


 やはり、この状況下でお互い助け合うことが第一であることを、理解したということだろう。


 この五年間の付き合いは無駄じゃなかった。


 ライトは、アリアとの信頼関係がさらに深まったことを喜ぶのであった。



 ロイドはライトに対し、宮廷貴族としての男爵位を放棄すると宣言した。


 つまり、ザンガ国王に対し反旗を翻すということだ。


 もちろん、表向きは従順な臣下であるという風に見せて、あちらにライトの監視報告書を定期的に送るという。


 復讐心に燃える様子だが、意外に冷静な判断をしているので、ライトもこれには驚いた。


 本人が言う通り、本当に優秀な人材なのかもしれない。


 見た目は金髪、茶色い目のぽっちゃりした悪役執事にしか見えないのだが、しっかり考えているのは確かだ。


 その能力が、辺境に飛ばされたことに対する復讐を果たすことに費やされる事になろうともである。


 自分の幸せのことでいっぱいだった悪役メイドっぽいアリアも、


「全てを信頼するわけにはいきませんが、裏切ったら私が処理するのでご安心ください、坊ちゃん」


 と心強い? ことを言っているので、安心していいだろう。


 アリアは元々、諜報機関ヘルメスの訓練兵だったから、その手のことにも精通しているらしいので任せておけばいい。


「ライト様、これからはこの屋敷の執事として、振舞わせてもらいます。あ、それと私の護衛役として連れてきた三人は一人を残して王都に帰すことにしました。よろしいですか?」


 ロイドは、真面目な顔になると、ライトにその許可を求めた。


「一人だけ? ここは人手が少ないから一人でも部下は欲しいのだけど……。何か考えがあるのかな?」


 ライトはロイドの狙いがわからなかったので、心を読もうと、ロイドに近づく。


「ライト様、今の段階で我々は、あちらの情報が十分に得られていません。私の部下は三人とも信用が置けますので、二人には王都からの情報を逐一送らせようと思います」


 ロイドはライトと一定の距離を取る為に下がると、そう答えた。


「三人がなぜ信用できると?」


 部下の三人とも若者だけに、辺境より王都のような都会の方がいいと思うのが自然だろう。


 それだけに、辺境に飛ばされた上司を見限って王都に帰るという選択は当然しそうだが……。


「この者達は、元々孤児だったのですが、私が部下にするべく育てました。それに、現在も私は三人のいた孤児院を支援しているので、信頼関係があるのです。だから、裏切るということはないのですよ」


 ロイドは胸を張ってそう宣言した。


 これを聞いて、ライトはさらにこのぽっちゃり悪役執事の評価が上がった。


 意外に善人な行いもやっているからだ。


 そこでの信頼関係は大きいだろう。


「……わかったよ。二人には王都で情報収集を行いながら、こちらに情報を送ってもらおう。みんなの名前は?」


 ライトはこれから一緒に生活することになるロイドの部下の名前を聞く。


「残るのはキリです。王都に戻る二人はルカとマルコと言います」


 ロイドはそう答えると、三人を部屋に呼び込む。


 そして、ライトの目の前で三人に命令する。


 ここに残るキリは寡黙なのかロイドに頷く。


 そして、王都に帰ることになったルカとマルコは声に出して、


「「お任せください、ロイド様!」」


 と元気よく応じるのであった。



 翌日には、ルカとマルコの二人は王都に帰っていくのであったが、キリは何の感慨もないのか、朝になると進んで屋敷の庭の手入れや雑用を行い始めた。


 どうやら、ロイドの命令は絶対なのか嫌がる素振りも見せない。


「……まだ、若いのにこんな辺境でみすぼらしい屋敷の手入れをさせてごめんね」


 ライトは残ったキリに対してそう謝った。


 最初、淡々と仕事をしていたキリであったが、


「あ、い、いえ。 俺はロイド様にはお返しできない程の恩を受け、進んで部下として働いています。その上司に当たるライト様の屋敷の手入れができるのは光栄な事です」


 と元孤児である自分に、まだ五歳とは言え王子が謝るので、大いに困惑するのであった。


 真面目でいい人そうだな。これなら、一緒にやっていけるかもしれない。


 ライトはまだ、心が読めていないが、信用できそうな新たな部下に安堵するのであった。

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