第19話 身の安全

 ライトは内心、また、寿命が少し伸びたと安堵していた。


 正直、蛮族、いや、白狼族の間者がこの村に住んでいるとは最初思っていなかったから、老婆の心を運よく『読心術』で読めたのは大きかった。


 なにしろ『読心術』はその時、その人が考えている心の声を読むものであって、必ずしも欲しい情報を貰えるわけではない。


 特に老婆の場合はただの偶然であり、その心の一言が不審だったからこそ、間者の可能性を考えて、誘導尋問する事ができたのである。


 それに蛮族という言葉に老婆が反応したのも大きなヒントになってくれたから、関係者だと予想できたのだが、それも運が良かっただろう。


 ライトはこのことを執事役であるロイド・ロンド男爵に相談することにした。


 一応、信用しているし、何より蛮族との接触はロイドに任せていたから、自分が先に接触の為の道筋を作ったことは知らせておいた方がいい。


「さすがライト様です。──それにしても蛮族は白狼族と言うのですか……。村の人間でも知っている者はいなかったのでそれだけでも大収穫ですが、会えるかもしれないというのは都合がいいですね。その時は、私が交渉に向かいましょう」


 ロイドはライトに感心すると、交渉役を名乗り出た。


「交渉って、ロイドは何の交渉をするつもりでいるの?」


 ライトはロイドの言い方から不穏なものを感じて思わず聞き返す。


「? 当然、兵を貸してもらうことですよ? まずは、辺境伯を攻めてその首級を上げ、次は王都侵攻軍を整えてから、憎き国王ザンガの首も──」


「ちょ、ちょっと待ってロイド! 僕は、蛮族……じゃない、白狼族のみなさんとは仲良くなってこの領地の利益になるような交易をしたいだけだからね? 余計な刺激を与えないでくれるかな?」


 ライトは過激なことを考えていたロイドを止める。


「ですが、我々の目的は、ライト様をこの辺境に追いやった奴らを討伐することですよね?」


 ロイドはライトとその目標で意気投合しているかのように答えた。


「違うから! 僕はとりあえず、この死地で生き延びる為に、最善のことをしたいだけだよ! よく考えて! ──いいかい? この村で僕達はメイドのアリア、執事役の君、庭師雑用役のキリ、王都にいるルカ、マルコ以外には味方がいないんだよ? そんな中で、急に兵をあげるなんてこと誰ができるのさ。そんな計画、国王どころから辺境伯に知られただけで誰もが喜んで僕を反逆罪で絞首刑にするだけだよ!」


 ライトはロイドの危険な考えをはっきりと指摘して止めることにした。


 放って置いたら、それが原因でライトはすぐに死罪になりそうである。


「……なるほど。要は白狼族だけでなく他の部族も味方にし、万全の体制が整うまでは待て、ということですね! さすがライト様、次の国王に相応しい思慮深い頭脳の持ち主です!」


 ロイドはライトをどう解釈したらそうなるのかわからない答えを導き出した。


 この人、僕の話聞いてくれないよ!


 ライトは内心でツッコミを入れながら涙を流す。


「……とにかく、軽率な行動は味方全体の危機になるから、止めてください。いいですね?」


「わかりました、ライト様。──キリ、例の計画は中止せよ」


 ロイドは納得する姿勢を示したが、不穏な命令を部下に告げる。


「はっ!」


 キリはそう応じると、部屋を出ていった。


「……例の計画って何かな?」


 本当は聞きたくないが、聞かないと、夜気になって寝れない気がしたので、ライトはロイドに問いただす。


「いえ、ライト様のお耳を汚すだけなので知らない方が──」


「いや、お願いだから教えて!」


 ライトは間髪を入れず、聞き返した。


「刺客を雇ってちょっとしたザンガ国王暗殺を……」


「おーい、何やっているのさ!? それが失敗したら僕は問答無用で絞首刑だから! 何度も言うけど、僕、死ぬ気はさらさらないからね!? お願いだから『命大事に!』で慎重に行動してください! というかそんな大事なこと上司の僕に相談しないなんてどうかしているよ!」


 ライトはあまりに危険な言動が多いこの悪役執事ロイドに怒った。


「この計画はこちらに来る途中に立てたものだったのでご報告するのを忘れていました」


 ロイドはうっかりしてました、と言わんばかりに涼しい顔でライトに応じる。


「……もう、さすがにないですよね? 報告していない危険なこと。もしあるなら、今ここで話しておいてください!」


 ライトはロイドの危険さを改めて理解しながら、全て話すように促す。


「他ですか? ……うーん……。そうですね……、現在王都で幽閉されている第三王子殿下の残党勢力と連絡が取れないか、ルカとマルコに動いてもらっているくらいでしょうか? あとは第六から第九王子と連絡網が構築できないか考えている最中でして。さすがに資金も人も足りないのですけどね!」


 ロイドはそのぽっちゃり体系を揺らすと爽やかな笑顔でそう答える。


 ほら、やっぱり危険の元になりそうなこと他にもやってた!


「それも、中止です! 今、兄であるザンガ国王はそれこそ、そういう行動を見張って、僕達を処罰する理由にしようとしています。こちらから尻尾を掴ませるようなことはしないでください」


 ライトは、即座に止めるように注意する。


 前世の記憶がある自分が心掛けていた基本は、いろんな解釈が可能な巧みな言葉で相手の信用を得ること。


 そして一見すると迷いなくみえる行動を取る事なのだが、半端な言動は相手に対して疑問を抱かせるだけである。


 つまり騙すということは、相手に一切疑問を持たせない、信じることを迷わせないこと。


 この時期にそんな半端な動きを見せたら相手に疑いを持たせるだけである。


 つまり、今王都では何もしないことが一番なのだ。


 そして、目の届かないこちらでは現状、身の危険がある蛮族問題を解決する為に対応する必要がある。


 それが今、僕達が生きる為の最善策だ。


 ライトはそう判断すると、ロイドに再度余計なことをしないように念を押し、白狼族との面会許可を待つのであった。

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