第18話 蛮族とは

「ひょひょひょ。なんだい坊ちゃん、周辺の蛮族と接触する機会を伺っているんだって?」


 ライトは村の中を専属メイドのアリアと一緒に散歩していると、いつぞやのこの村、ミディアムの歴史を知る老婆に声をかけられた。


 昨日の今日で情報が洩れているんだけど!?


 ライトはそのことに驚いて、内心でそうツッコミを入れる。


「なんだい? 村内での情報は私の耳に入るようになっているのさ。ひょひょひょ……」


 老婆はライトの表情から察したようで意味ありげにそう応じた。


「……それって、もしかしておばあさん……。──そういう能力を持っていますね?」


 ライトは『エセ霊媒師』の能力で、『エセ降霊術』によって霊の能力を自分に下せるのだから、他人もなんとなくいろんな能力があるのだろうことは容易に想像がついた。


「……五歳の割に鋭い指摘をする領主様だね……。能力を明かす気はないが、聡明そうな領主様だから、助言くらいしておこうか。領主様の言う蛮族ってのはどういう連中のことを指すんだい? それが、はっきりした時、接触は簡単にできるかもしれないよ」


 老婆は意味ありげにそう告げると、自分の家へと戻っていく。


「僕の言う蛮族がどんな人を指すのか? ──アリア、蛮族ってどんな人達なんだい?」


 ライトは元諜報機関の訓練兵であったアリアが知らないか聞いてみた。


「さあ……? 私も辺境は蛮族と国境を接していて、とても危険な土地であること、あとは怒らせたら国境線の村々は簡単に襲撃されてしまうから、余計なことはしないことなどを習いましたが、詳しい人物像までは……。あ、そう言えば、獣の姿をしていると聞いたことがあります。獣人族ということでしょうか? 獣人族自体は王都でも珍しくないですし、それがヒントになるとは思えませんが……」


 アリアは首を傾げてライトに答えた。


「獣人族……か。確かに獣人族は王都でも普通に見かける種族だから辺境の蛮族と忌み嫌う理由がわからないなぁ……」


 ライトもアリアの情報を聞いて同じく首を傾げる。


「まあ、刺激さえしなければ襲われないみたいだし……、大丈夫なのかな? あとは執事のロイドに任せておくか……。いや、彼には任せられないか、危険すぎるもの……。うーん、困ったなぁ……。 あ、おばあさん、また、お話しできますか?」


 ライトは何かを思い出したかのように家に帰っていったおばあさんを呼び戻すようにメイドのアリア以外いないその場で急に話しかけ始めた。


「坊ちゃん?」


 その行為にアリアは気でも触れたのかと思うアリアであった。


 しかし、しばらくすると、老婆がその声を聞きつけたとばかりに戻ってきた。


「やれやれ……、人使いの荒い領主様だよ。──何のようだい?」


 先程までの会話が全て聞こえてでもいたように老婆は反応するとライトに聞いてきた。


「やっぱりですか……。それでは……、?」


 ライトは老婆に意味ありげに聞く。


「ふむ、気づいたかい。領主様達が言っている蛮族という呼称は本人達にとっては失礼極まりない言い方だからね。そんな表現をする相手に会おうと思う者などいないさ。それで、その質問だが、この領地に今、国境が接してる部族は黒猿族、赤羊族、そして、白狼族の三つさね」


 老婆はこの頭の回転が良いライトにまともな情報を提供した。


「……三つもの部族の領地が接しているんですか!?」


 ライトは驚きつつ、部族の名からどうやら珍しい獣人族の系統なのかもしれないと予測を立てる。


「どこと会うんだい? この三つの部族は仲が良いわけでもないからね。一つを選べば、一つは敵になるかもしれない。逆に全員と会おうとすれば、その場で争いになるかもしれない」


 老婆はとんちのようにライトに難題を告げた。


「……なるほど、会うだけでも問題が起きるわけですか……。でも、会わないわけにもいかないし……。とりあえず、おばあさん。交易を行いたいので、お仲間に連絡お願いしますね」


 ライトは何食わぬ顔で、突然、老婆を三つの部族のどれかの人間だと断定したかのように告げた。


「え? 坊ちゃん? 三つの部族は獣人族なのでは……? それにおばあさんがそのお仲間とは一体?」


 メイドのアリアがライトの意図がわからず、思わず聞く。


「そうだよ、領主様。私はこの村の住人。お仲間と言ったらこの村の者達だろうに。ひょひょひょ」


 老婆はライトの言葉は突拍子もないとばかりに笑う。


「でも、おばあさん。ずっと自分のお仲間の為に、情報収集を行っていたんでしょう? 他にもこの村にお仲間がいると考えればその言葉にも違和感はない。でも、僕は騙されませんよ?」


 ライトはニッコリと子供らしい無邪気な笑みを浮かべてそう指摘した。


「本当に頭の良い、鋭い観察力を持っただよ。この私の役割に気づくとはね。ひょひょひょ」


 老婆は先程までのライトに対する敬意を払った物言いから、急に呼び方を変えると感心して見せた。


「お褒めの言葉と受け取らせてもらいます。それにおばあさんはどちらの方なんですか? 上の方と会えると嬉しいのですが」


 豹変した老婆に臆することなく、ライトは応じる。


「少し可愛げはないが、ギリギリ合格ということにしておこうか。──私は白狼族の者さ。私達は獣人族ではなくただの人さね。ここに着任した領主共はみんな揃って私達を蛮族と呼び、人と違う姿を持っていると勝手に想像して決めつけ、恐れ軽蔑してきた連中だから、長い間、話し合いにもならなかった。あんたは私がこの仕事について初めての合格者だ。だから、話は通しておくが、私達の長が会うかどうかは連絡してみないとわからないよ。しばらく待つがいいさ」


 老婆はそう言うと、その場で一度手を叩くと、それで周囲への連絡が終わったのか、


「……ところで、なんで私が連絡員だとわかったんだい?」


 と老婆はこの驚異的な頭脳の五歳児に理由を問うた。


「沢山の人に接してきた経験から、おばあさんの言動に疑問を感じただけですよ」


 ライトは勿体ぶってそう答えた。


 もちろん、それもあるが、決定的だったのは当然だが能力『読心術』によって心の声を聞いたからである。


 老婆に歩み寄った時に一瞬だけ、


(久しぶりに私の仕事かね)


 という声が聞こえたのだ。


 そこでライトは、老婆がただの村人ではないこと、その意味が成すことを想像して、あとは駆け引きである。


 これは前世での『エセ霊媒師』としてライトが使っていた手法で、相手から示されるわずかな情報から想像し、そこからもっと詳しい情報を引き出す為に言葉を巧みに操り、あとはハッタリなども使用するのだ。


 今回は元々の選択肢が少なく予想もつきやすかったので、老婆の対応から想像するのは容易であった。


「……沢山の人に……ね? まあ、いいよ。年齢が若すぎるが、今までの連中よりは見所があるさね」


 老婆はライトを気に入った様子でそう答えると、役目は終えたとばかりに自宅へと戻っていくのであった。


「坊ちゃん、よくわかりましたね……」


 アリアはライトの慧眼に、驚きと共に呆れた様子で言う。


「ふふふっ。ただのまぐれかもね?」


 ライトは老婆がこの会話を聞いていると思っていたから、一言だけそう答えるのであった。

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