第21話 族長との駆け引き

 ライトは内心で悲鳴を上げていた。


 数秒前までは、自分を白狼族の族長フェルンに認められ、今回も生き延びたと思ったのにすぐにまた、生死の境に立たされたからだ。


「……企む、ですか?」


 ライトは、驚いた表情で族長フェルンの問いにそう聞き返す。


 そして、続けた。


「僕の素性を知っているということは、中央の情報も多少はご存じのはず。僕はいつ国王に反逆を問われ、処刑されてもおかしくない危険な立場にいます。そんな立場の人間が王家の姓を名乗ってこの地に乗り込むことの危険性は、あなたの方が良く理解されているのではないですか?」


 ライトは白狼族の族長であるフェルンの目を仮面越しにじっと見て答える。


 前に出て距離を縮めることができれば、相手の心を読むこともできるが、如何せん人には、パーソナルスペース(個人が自己の状況や環境をコントロールするための領域のこと)というものがある。


 今、この緊張状態で相手に近づくことは、相手に心理的ストレスを与えることになり、下手をしたら自分の首が飛ぶかもしれないのだ。


 だからこの状況下でそんな危険は冒せない。


「こちらからは、お前達が国境に王族を送り込んで懐柔を行おうとしているようにも見えるが?」


 ランカスター王国内の王位継承争いが終わったことで、族長フェルンからみると王族の各国境への派遣は、国内の安定と自分達を手懐ける為の手段に映るらしい。


 ライトは意外な解釈に驚くのであったが、もちろん、そんな意図はザンガ国王にあろうはずがない。


 王位継承権のある弟達を、世間に非難されずにどう抹殺できるかのみに、考えを巡らしているはずだからである。


 ライトにしても、五歳でさらに、警戒されないスキル持ち(聖なる農家)だったからこそ王都を離れることができたのだ。


 だが、それでも一歩間違えば、死んでもおかしくない蛮族との国境領地であるから、五歳の子供相手にも全く油断していないのは明らかである。


 ライトにとってはザンガ国王から殺意以外は感じようがない状況なのだが、白狼族の族長フェルンにはそれさえ罠に映るのだから、前途多難すぎてため息が出そうであった。


「それなら、僕のような五歳児を護衛もろくにいない状態で送るなんてことをするわけがないですよ。実際、この屋敷の周辺を皆さんに囲まれて絶体絶命の状態じゃないですか」


 ライトは、緊張しながら正直な気持ちをこの族長フェルンに伝えた。


「まだ五歳だからこそ、それが武器になるとも言えるのではないか?」


 族長フェルンの指摘も確かにわからないでもない。


 普通の五歳児ならここでおしっこでも漏らして泣き出しそうな状況である。


 だが、残念ながら中身は前世の記憶がある元二十七歳、エセ霊媒師だ。


 相手からすると、五歳とは思えない対応に、怪しさしか生まれないだろう。


「五歳を買い被り過ぎですよ、族長さん。もし、そちらの指摘通り、懐柔できたとしたら、僕はどうすると思いますか?」


「もちろん、我々を罠に嵌めて一掃するのだろう?」


「それは、違います。まず、僕の寿命が延びて喜びます!」


 ライトは、破れかぶれとばかりに本音を口にした。


 これには、緊張した室内の空気が変わった。


「「「はぁ?」」」


 という心の声が聞こえそうなくらい室内が静かになる。


「いいですか? 僕はこの年で、顔さえ知らない兄である新国王ザンガに命を狙われる日々を送り、不幸中の幸いで、この地に飛ばされました。ですが、ザンガ国王からの監視が無くなったと思う安心感はありません。隣領には国王派の辺境伯領がありますしね? それにあなた方、蛮……じゃない、敵対部族の方々が近くに住んでいるんですよ? 僕は生きた心地がしない状況がずっと続いているんです。ならば、僕が取る行動は一つです。それはまず、自分の命を守ることです。そして、当面、一番危険性があるのはあなた方です。五歳児にとってあなた方を倒すことなんてできませんから、仲良くなるしかないでしょう?」


 ライトは、雄弁に今の自分の危険な日々を語り、その立場を強調した。


 この場合、相手を説得するのに少しでも嘘を交えると、疑問を持たせて命が危うくなる可能性があるから、真実を告げて駆け引きは一切無しである。


「……なぜ、そんなに生きたいのだ?」


 族長フェルンは戦士の一族であったから、潔く戦って死を選ぶ方を選択するだろうとの考えであったから、いつ殺されてもおかしくない状況下にあるライトが必死に生きようとしていることに当然の疑問を持った。


 話を聞く限り、数年以内に高確率で殺されるだろう立場だ。


「なぜ……? ──そんなこと、五歳の子供に聞きますか!? 生きたいに決まってるでしょ! 僕の人生始まったばかりなのに、他人の都合で殺されてたまるもんですか! 王位継承権なんてどうでもいいのに信用してもらえないし、それどころか僕を王位に就けようと考える者までいる。僕の意思はどうなるの? 僕はただ、平和に楽しく生きたいだけなのに!」


 ライトは完全に変なスイッチが入ったのか、本音を赤の他人であり、自分の命を握っている相手に全てを吐露した。


「ふっ……、はははっ、あははっ! ──確かに戦士でもない五歳のお主にする質問ではなかったな! ──今は、お主の言葉を信じることにしよう。安心するがいい。少なくとも白狼族はお主の命を取らないと約束する。下手なことをしない限りはな。──他に望むことはあるか?」


 族長フェルンはライトの言葉が本音だと伝わったのか、安全の保証を快諾してくれた。


「それなら、この領地との交易をお願いします。この領地には田畑が多いので食糧にはそうそう困りませんから、それとそれ以外の物と物々交換とかどうでしょうか?」


 ライトの提案は大したことがないことに思えたが、実は狩猟民族である白狼族にとっては安定しない食糧事情を抱えていたので、これは意外にありがたいものであった。


「……いいだろう。こちらからは狩猟で得た毛皮や魔石などが中心になるがいいか?」


「ええ、もちろんです。毛皮や魔石は中央では珍しいものもあるようなので、それで結構です。詳しい内容については、執事のロイドに任せているのでまた後日改めて交渉をお願いします」


 ライトは心理的駆け引きの一つであるアンダードック効果(同情を誘うテクニック)で見事に白狼族族長フェルンを説得すると、また少し、寿命を延ばすことに成功するのであった。

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