第30話 治水工事の戦士

 白狼族の招待を受けることになったライトはそれまでの一週間、いろんなことを行って日々を過ごしていた。


 普段通り野良仕事もやっていたが、遊びに来た白狼族族長の息子フィロウとその護衛なのかガロが手伝ってくれたので、すぐにその日予定していた作業があっという間に終わってしまったから別のこともやり始めたのだ。


 それが、治水工事である。


 村長ゴヘイから聞いた話によると、数年に一度の割合で河川が嵐による洪水で溢れ、田畑が台無しになることがあるらしい。


 この辺境にあって、ミディアム領を通るこの河川は水に困らずとてもありがたいのだが、やはり自然は良い面ばかりでなく、災害となって牙を剥く時があるのだ。


 そこでライトは、川の流れを緩やかにする為に灌漑作業と同時並行で大規模工事を行うことにした。


 と言っても、その工事をやるのは、ライト一人である。


 傍には専属メイドのアリア、遊びに来ているフィロウ、護衛役のガロがいるが、この場合、ライトがやる事についてこれる者はいないので、一人でやるしかない。


「何をするんだい、ライト?」


 フィロウは川の傍を熱心な様子で観察しながら歩く友人のライトに、邪魔にならないよう一緒に横を歩いて話しかける。


「支流が合流するこの辺りは、洪水の時に勢いが増すことで氾濫しやすいんだ。そうなると田畑に土石流が流れ込んで全てを駄目にするから、ぶつかって流れが強くなる正面辺りに大岩を置き、その流れを抑えたいなって」


 ライトの言うことは理にかなっている。


 前世で俗にいう『信玄堤』と呼ばれる手法の一つだ。


 早い水の流れを殺して緩やかにし、氾濫する力を削ぐことで被害を抑えるというもので、歴史好きなら武田信玄の行った治水工事については知っていることである。


 ライトはそれを行うことで、この領地に未来に起こるであろう災害を防ぐことにした。


 ライトに理解のある専属メイドのアリアや友人であるフィロウでもこれには理解が追い付かないだろう。


 だが、ライトの思いつきを裏付けるように、本流と支流の合流地点には、過去に治水を工事を行う為に積まれたであろう岩の数々が並んでいた。


 だがその岩も人が運ぶのに適した岩ばかりで、いざ、洪水になるとどのくらい役に立ったのかわからないものばかりで、実際、その周囲は洪水で流された岩がゴロゴロ転がっている。


「今日はとりあえず、この支流との合流地点の対岸に大岩を置くのが目標かな」


 ライトは、アリアとフィロウに聞かせるようにそう告げた。


「「「?」」」


 アリアとフィロウ、そして、フィロウの護衛ガロの三人はその言葉に首を傾げる。


 だが、ライトは大真面目である。


 早速、ライトは以前、スキルである『エセ霊媒師』の能力で見つけた召喚魔法使いを『エセ降霊術』で能力を自分に降ろす。


「……魔法使い系は、反動で頭が痛くなるから嫌なんだけど、洪水を防止する為だから」


 とつぶやくと目を閉じて集中する。


「『大岩召喚』!」


 ライトは目を開いて天に両手を掲げると、上空に何もないところから大岩がポンと現れ、そのまま、狙った場所に大きな音と飛沫を立てて落下した。


「こ、これは!」


 護衛役のガロはフィロウを守るように手をかざしつつ、まだ五歳のライトのとんでもない召喚魔法に驚きを隠せない。


 ライトはさらに、


「そい! そい! そい!」


 と口走ると、さらに大岩を続けて上空に出現させ、同じように大きな音と水飛沫を立てて、狙ったところに落としていくのであった。


 こうして、支流が合流する対岸に大岩が数個置かれたことで、流れはその大岩にぶつかって勢いを削がれ、流れが緩やかになる仕組みを作ることに成功する。


「あとは本流の流れをジグザクの流れに出来れば、下流まで氾濫が起きづらくなるはず」


 ライトはそう言うと、下流に向かって歩き出し、先程と同じように大岩を魔法で召喚して本流の川に左右交互に落として流れを緩やかにしていく。


 ライトはこの作業を午後の間ずっと行うのであった。


 村人達は川の方で轟音が鳴り響いていたので、何事かと集まってきたが、ライトはその度に、


「こちらのガロが、治水工事の為に大岩を川に落としてくれていました」


 といい加減な説明を行う。


「お、おい! 俺でもこんな事、できるわけが──」


 ガロは白狼族一番の戦士だが、召喚魔法など使えないし、こんな大岩は力に自信があっても運べるものではない。


 だから、否定しようとすると、ライトがフィロウに目配せをする。


「さすが、ガロ。白狼族一番の戦士だ。──みなさん、川の氾濫を防ぐ為に行ったことなので、大目に見てもらえますか?」


 フィロウはライトの真意が読めたのだろう、とっさにでまかせを言う。


 ガロはライトだけでなくフィロウまでが言うので、さすがに察すると、


「お、おう……」


 とだけ言って静かになった。


「おお! そうだったのですか! まさか白狼族の方がそんな気遣いを我々の為にしてくれるとは……。ガロ様、ありがとうございます!」


「ありがたや、ありがたや……」


「この辺りは、洪水の時に何度も氾濫して田畑を駄目にしていましたから、感謝しかないですぞ!」


 村人達は、白狼族が領都であるこの村を出入りすることに戸惑っている者も多かったのだが、村の為に尽くしてくれた聞いて、その見方が一気に変わるのであった。


「それじゃあ、今日は人が集まってきたから、止めておこうか」


 ライトは村人の口から外に自分の情報が洩れても仕方がないので、作業を一旦止めることにした。


「おい……、俺は他人から名誉を譲ってもらう程落ちぶれてはいないぞ……!」


 ガロが不満そうに五歳の少年ライトに不満を漏らす。


「ガロ、これは人助けだぞ。ライトは自分の能力を隠しておきたいのだ。だからその為にお前がやったことにしてくれれば、全てが丸く収まる」


 フィロウがライトの意図を察してガロを説得する。


「……ライト殿の立場を考えれば、知られてはいけないことが多いのだろうが……。──族長にはこのことを報告しますぞ?」


 ガロは、ライトが実の兄である国王ザンガに命を狙われていることはすでに知っているから、フィロウの言葉に渋々納得する。


 こうして、白狼族の村への招待までの間、ライトは思いついた出来ることを少しずつ行っていくのであった。

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