第36話 楽しい一夜から……

 食事会での歓迎を受けたライトと専属メイドのアリア、そして、従魔のソルテは、白狼族の村で一晩を過ごした。


 ライト達は、食事後すぐに就寝したのだが、白狼族の者達はその後、お酒も解禁されて宴会が続いたようで、翌朝の村の広場は、酔っ払って眠りこけている者達が沢山転がっている。


 その中には、族長の息子フィロウの護衛を務めていた白狼族の一番の戦士ガロもいた。


 フィロウの方は、ライトが起きてくるとすでに、円形テントの出入り口で控えていたから、こちらは、しっかり寝たようだ。


「おはよう、フィロウ。昨日は結構盛り上がったみたいだね」


 ライトはこの二歳年上の友人に、昨日の食事会の様子を聞く。


「昨日の規模の歓迎会は、久しぶりだからな。それだけ、母上はライト達を歓迎しているということだと思う。──ライトは楽しかったか?」


 フィロウは、友人が楽しめたかが気になるようだ。


「もちろん! アリアとソルテも美味しい料理に喜んでいたからね。とても楽しかったよ」


 ライトは、フィロウの質問に笑顔で答えると、満足したことを伝える。


 フィロウはその言葉が嬉しかったのか、笑顔になると、


「今日は、白狼族の領地内で景色の良いところを案内するから、楽しみにしててくれよな!」


 と応じるのであった。



「フェルン族長はいるか!? なんだ、昨晩は宴会でもしたのか? 俺は招待されていないぞ?」


 ライト達とフィロウが今日の予定を話していると、村の出入り口付近で大きな声が聞こえてきた。


 どうやら、お客らしい。


 フィロウはその声に聞き覚えがあるのか、ハッとすると、


「ライト達は、一旦室内に戻ってくれ!」


 と慌ててライト達の背中を押す。


「え、どうしたの?」


 ライトは意味も分からず確認する。


 そして、無意識に能力である『読心術』を使った。


(ライト達があいつらに見つかったら、殺されてしまうかもしれない! 隠さないと!)


 フィロウの心の声が聞こえてきたが、その内容が物騒過ぎるものであった。


「え!?(僕達を殺すような相手なの!?)」


 ライトは、思わず内心でそう口にする。


「ともかく、今は、隠れてくれ!」


 フィロウはそう告げると、ライト達を昨晩寝ていた円形テント内に戻されるのであった。


 ライトとアリアは、何やら慌ただしくなってきた村内の雰囲気をテントの中で感じたが、それだけは飽き足らず、こっそり覗き見することで様子を確認する事にした。


 広場には先程の声の主だろうか? 黒い猿の頭部の被り物をして鎧を着こんだ頭一つ抜き出て大柄な男と、その部下と思われる同じく大柄な者達が、広場まで入ってきた。


 寝ていた白狼族の戦士ガロも流石にこの騒ぎで目を覚まし、この呼んでもいない客に対応する。


「黒猿族の族長自ら何の用だ!? 村に招待するどころか、うちの領地に入っていいと誰が言った!? 当然、うちの族長は許可を出していないぞ!」


 ガロは、頭一つ大きなこの黒猿族の族長らしい巨人相手に一歩も引くことなく立ちはだかる。


「なんだ、戦士ガロか。うん? 昨日は酒を飲み過ぎたようだな。フラフラじゃないか。そんな状態で俺の前に立つとは、酔狂が過ぎるぞ!」


 黒猿族の族長はガロのことを知っているのか、そう警告するとガロの体を掴んで持ち上げ、投げ飛ばした。


 ガロは、不意討ちに易々と投げられたが、空中で態勢を整えて着地する。


「何をしやがる猿野郎! そっちがその気なら、俺も加減しないぞ!」


 気が元々短いガロは、頭に血を登らせると、黒猿族の族長に怒って剣に手をかけた。


「そこまでだ! ガロは下がれ! ──それで、黒猿族族長コーグ、何の用だ? うちとは休戦中のはずだが、また、殺し合いを始めたいのかい?」


 そこへ、白狼族族長フェルンが、一触即発の状態のところに現れた。


 すでに、フェルンもやり合う気満々なのか、その手には鞘に納まった剣を掴んでいる。


「今日は殺し合いをする為に来たわけじゃない。それよりも、だ。ランカスター王国の例の領地に新たな領主がやってきたらしい。それも、王族だそうだ。まずはそいつを殺すなり、捕虜にするなりして、奴らの領地を一緒に蹂躙しようじゃないか。俺達との国境線に色気をだすと痛い目を見るぞという警告も兼ねてな」


 黒猿族族長コーグは、口元にニヤリと笑みを浮かべると、共同戦線を提案した。


 例の土地とはミディアム領のことであり、王族の領主とは、ライトのことだろう。


 つまり、今、ライトが出ていくと、すぐにでも殺し合いが始まりそうな状況である。


「!(なんでそんな物騒な話になるのさ!)」


 ライトは、内心でその絶望的な提案にツッコミを入れた。


「それはいつの情報だい? すでにうちは、その領主との面会も済ませて、交易を始めている。つまり、同盟関係ってやつよ。あんたはお呼びでないからとっとと帰りなさいな」


 族長フェルンは、何食わぬ顔でそう言うと、犬でも追い立てるように手を振る。


「何……? フェルン、どういうつもりだ? 俺の妻にならないどころか、よりにもよってランカスター王国と同盟関係を結んで交易だと……? 俺の気分をこれ以上害するなと警告したよな!?」


 黒猿族族長コーグは、怒りを滲ませながらフェルンに警告する。


「それはこっちの話だ。うちは、お前のところとは違って、あの領主と気が合うから、同盟を結んだのさ。それに、白狼族は戦士の一族。黒猿族のような卑怯な一族とは、相容れないのよ!」


 族長フェルンはライトをそう評価すると、黒猿族族長コーグと一戦交えることも辞さない態度で激高した。


 これには、テント内で様子を窺っていたライトも焦る。


 確か黒猿族は、この辺境において、国境をっ接する白狼族、赤羊族と並ぶ三大蛮族……、部族のはず。そんな巨大部族同士が争うとなれば、ミディアム領も巻き込まれる可能性は高いだろうし、そうなると辺境伯どころか王都の軍も動くかもしれない。そうなれば、自分の命もその争いのついでに消されることになるであろうことは容易に想像ができた。


 ライトは、そう思考を巡らして絶望的な気分になると、どうするべきか頭を働かせ始めた。


 両者を説得してこの場を収拾させ、尚且つ、自分の命も失わない方法をだ。


 イチかバチかだ!


 ライトは、そう考えると、外に飛び出した。


 そして、


「ちょっと待ったー! ──その揉め事、僕が間に入っていいですか!?」


 と挙手するのであった。

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