第9話 辺境までの道のり

 南の辺境に向かう道中で、ライトはとにかく『エセ霊媒師』の能力を使用しまくっていた。


 というのも、能力の一つである『エセ降霊術』でその辺を浮遊する霊の能力を自分に降ろすことができることがわかったのだが、どうやら一度降ろすと、霊が自分に付いて来るのか、それとも能力をコピーできたのか場所を移動しても選択肢に追加されるようになっていたのだ。


 もしかしたら、『エセ降霊術』には、一度降ろした霊に対しては『口寄せ(遠くの霊を呼び寄せる)』効果があるのかもしれない。


 今のところ、『エセ降霊術』で能力を使用したのは、能力が発覚した洗礼の儀の前日の夜、宮廷魔法使いを降ろして小さい魔法を使った時だけであるが、それで能力だけ使えるのはわかっていた。


 だから、南の辺境に到着するまでに有益な能力をいつでも自分に降ろせるように、目的の道程で宿泊する街や村、移動する馬車の中で、霊を降ろし続けている。


「ライト坊ちゃん、この移動している数日間、ずっと一人で何をニヤニヤしているんですか?」


 一緒に南の辺境に同行する決意をした専属メイドのアリアが、ライトの様子を怪訝に思い、疑問を口にした。


 ちなみに、これまでは「ライト王子殿下」と呼んでいたが、行く先では王子であることを喧伝するような呼び方はよくないだろうというライト自身の提案で、坊ちゃんという呼び方に変更している。


「え、そう?」


 ライトは自分の顔を触ると、アリアの指摘に反応する。


「はい。最初は必死な感じでしたけど、最近はなんか気持ち悪いですよ?」


 アリアはライトに遠慮する気持ちも無くなったのか、最近は使う言葉も表現が直球になっていた。


「まあ、僕も教育係だったレオンが付いて来てくれないとわかって必死だったからね……。南に着くまでにやれる事はやっておかないと、到着してから行動していたら後悔するかもしれないから……(……霊とも一期一会があるみたいだし)」


 最後はごにょごにょと自分にしか聞こえない声で答えるライトであった。


 アリアはこの答えに疑問符だらけであった。


 というのも日中のライトは宿屋では一人部屋に籠ったり、外に出たと思えば空を指で切りながらぶつぶつとつぶやいている状態であり、特別何かをしている様子はなかったからだ。


 だが、突然、真剣な表情を浮かべてぶつぶつ独り言をつぶやいている時もあったので、レオンとの別れで少し心を病んだのかもしれないと同情して気を遣っていたのだが、ここに来てニヤニヤしだしたから思わず聞いたのである。


 それが、的を得ない答えとあっては、アリアも困惑するのであった。


 もちろん、ライトは教育係で全幅の信頼を寄せていたレオンが付いてこないことがショックで、移動初日は真剣に役に立ちそうな霊を見つけることに必死になっていただけである。


 移動中は、ステータス欄の『エセ降霊術』に表示される霊を目を皿にして、どれを降霊させるかと悩んでいたが、最終的に片っ端から降霊させた方が早いという結論に至った。


 降霊させるだけならタダなのだ。


 ただし、これは薄々感じていたのだが、降霊させた能力次第では反動がありそうな気はする。


 というのも、降霊させた時に宮廷魔法使いの火魔法を唯一使用したのだが、翌日、火を出した時の人差し指が突き指をしたように痛かったのだ。


 最初はただの突き指だと思っていたのだが、能力を使用した反動かもしれないと思うと納得がいくのであった。


 なにしろ『エセ降霊術』自体は、無条件でいくらでも行えるようだからだ。


 そんな都合がよいスキルがあるのか? と疑っていたから、突き指したような痛みを振り返り、それなら±ゼロではないかと考えたのである。


 だから、リスクがあると思ってこれから使用するのが無難だろう。


 なにしろ『エセ霊媒師』なのだから。


 ライトはそう思いつつ、この日も有益な霊を降霊させてそのことに満足し、思わず笑みが漏れるのであった。



 南の辺境に与えられた領地まで、王都からはひと月以上が掛かった。


 ここまでくると、専属メイド・アリアも、見慣れた都会の景色が一転して人の気配もほとんど感じない殺風景な景色に、ライトについていく事を決断した自分の事を後悔しているように見えた。


 その一方、ライトは、そんな何もないと思われるところにも霊が浮遊しており、ステータス画面でそれを確認していたから降霊作業に勤しんでいる。


 ライトは考える時間がひと月以上あったことでレオンとの別れの傷も癒えて、自分の力で生き抜く決意ができていた。


 まだ、降霊した霊の能力を使う機会は訪れていないが、領地に到着したらいくらでも使用する機会はあるだろう。


 その時の為にも、準備はいくらしても足りない事はないはずである。


 そんなライトの奇行(空を見てニヤニヤしている様子のこと)についてはもう、アリアを気にしなくなっていたが、それでも、この何もない先にある領地で生きていけるのだろうか? という漠然とした不安はさすがにあった。


 アリアはメイド以前にあらゆる教育を受けていたが、それもメイドになる十歳までしか受けられていないからである。


「……ここまで来たら、私もどうにか覚悟を決めないといけないわ……」


 ライトの専属メイドとしてお世話を始めてすでに五年、もう、年齢は十五歳である。


 アリアは王都でいい男に嫁ぐ夢を諦めた自分の選択を後悔しないように、ライトの世話をし続けると心に誓う。


「よっしゃ! この霊はいいかも……。えへへ……」


 アリアの決断を他所に、ライトがいつも通り、空を眺めながらニヤニヤしている。


 アリアはそれを眺めると、


「……辺境にもいい男がいる事を期待した方が良いかも……」


 と心が少し揺らぐのであった。

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