第10話 領地への到着
ライトが治める予定である領地に、ようやく到着する事となった。
そこは、右手に山、左手に森、正面に広がるのは一面の畑である。
近くには大きな川があり、そこから無数の小さい川が伸び、そこから畑に向けて水路が伸びていた。
「予想よりさらに長閑なところだね……」
ライトは馬車から降りると、自分の領地になるらしい場所を見渡すとそう感想を漏らす。
掘っ建て小屋はぽつぽつとあるが、領都と言えそうな街並みはそこになく、自分の住む屋敷もどこにあるのか皆目見当がつかない。
「坊ちゃん、あそこに農民がいるので聞いてみましょう」
専属メイドのアリアが一面に広がる畑で働いている者がいる事に気づいて、そう提案する。
「そうだね。──すみません! ちょっといいですか!」
ライトは大きな声でその農民に声をかける。
農民は見かけない馬車とライト達に気がつくと、あぜ道を通ってこっちまでやって来てくれた。
「なんだい、坊や。こんな辺境の田舎にそんな綺麗な身なりで。──まさか道に迷ったのかい?」
農民はまさか五歳のライトとメイド姿のアリアをみて、自分達の領主とは思わなかったのかそう解釈した。
「あはは……、そんな感じです。ここの領都へはどう向かえばよいのでしょうか?」
「リョウト? この辺りにそんなもの聞いた事はないが……。──まあ、この道をずっと行けば、大きな屋敷が目印のところがあるから、そこへ行ってみてくれ。その近くに儂らが住む集落もあるからな。その屋敷の近くに村長が住んでいるから、詳しいことは村長に聞いてくれ。 あっ。……直接屋敷にはいかない方がいいと思うからそこは気をつけてな」
農民は意味ありげにそう答えると、道の先を指差す。
ライトは農民にお礼を言うと、アリアと共に馬車に乗り込む。
そして、御者に馬を進めるように告げるとライトの馬車は丘の向こうを目指してまた、進むのであった。
しばらく道を進み丘を上がるとその向こうには一軒の大きな屋敷とその周囲に小さい集落があるのがわかる。
その周囲を柵が覆ってあり、防衛対策もそれなりになされているようだ。
ここは辺境だし、治安もどこまでよいかわからないところであったから、それをみて少し安堵する。
ライトの乗った馬車が集落に近づいて行くと、その出入り口に立っていた門番が、手にした槍を左右に振って馬車に泊まるように指示をする。
「あんたら、どこの人だい? ここは南の辺境の中でも何もないところだぞ? 道に迷ったのなら、引き返したほうが良いぞ?」
親切心からか門番はそう言うと帰るように促す。
「……あの、すみません」
ライトは馬車から降りると、その門番に声をかける。
「なんだい、坊や。お父さん、お母さんに引き返すように伝えてくれるかい?」
「いえ、そうではなく……。──僕はここの領主になったのでやってきました」
ライトは苦笑すると、用件を単刀直入に伝えた。
「え?」
門番は何も聞いていないのか、五歳の子供の言葉に、頭の上は疑問符だらけになる。
「とにかく村長さんに会いたいのですが、よろしいでしょうか?」
ライトは五歳とは思えない礼儀正しい物言いで門番に接した。
「わ、わかった。どうぞ」
門番はライトが従者であり、馬車の中に領主となる人物が乗っていると思ったのか、急いで門を開けて馬車を中に通す。
ライトは馬車の中から門番に頭を下げると村の中に入っていくのであった。
村の中はそれなりに広く、真っ直ぐ道を進んだところに、領主の屋敷と思わる村で一番大きい屋敷が見える。
その手前には広場があり、その周囲に家々がいくつか建っていた。
馬車をその広場まで進めると、その一角の大きな家から白いひげを生やした初老の男性が出てきた。
もしかしたら彼が村長なのかもしれない。
ライトは馬車を広場で止めるとその男性にお辞儀をする。
「ここの村の村長さんですか?」
「ええ。そうですが、あなた方は?」
村長は見慣れぬライトの立派な服装に、偉い人が来たと感じたのか最初から礼儀正しく対応してきた。
「僕はライトと申します。この度、ここの領地の領主に任命され、赴任してきました」
ライトはそう言うと、勅書を広げて村長に見せる。
「この紋章は王家の!? ──ははぁ! よくぞ、こんな田舎にお越しくださいました! 前回の領主様がお家お取り潰しになってから十年、代わりに村長兼領主代行を務めておりましたゴヘイと申します。それで、領主様は馬車の中に?」
ライトは自分が領主だと名乗ったのだが、村長のゴヘイは王家の紋章に驚いてその言葉が吹き飛んでしまったようだ。
それにまさか五歳の子供が領主だとは思わないから、領主の従者だと思ったようである。
「いえ、僕がこの土地の領主に任命されたライトです。こちらが専属メイドのアリアです」
「え……? ──えぇー!?」
ライトは村長のこの手の驚きに既視感を感じながら、苦笑するのであった。
村長であるゴヘイは、久しぶりにやってきた領主が五歳の子供であることに文字通り驚きを隠せずにいた。
「ライト様は、おいくつでしょうか? 見たところ洗礼の儀を済ませた六歳あたりでしょうか?」
ゴヘイは失礼がないように気を遣いながらも、遠回しな言い方ができず、結局は直球で疑問を口にした。
「僕は五歳です。──あっ。洗礼の儀は済ませてあるのでご安心ください」
ライトは村長のゴヘイの質問に快く答える。
自分が村長だったとしても、自分達の領主が年端も行かぬ子供とあっては、心配もするところだ。
「ご、五歳!? よく、それで洗礼の儀を……」
六歳になる前の洗礼の儀が危険であることを知っているのだろう。
村長はライトに特別な事情を感じて同情的な表情をすると、領主としての赴任も何か事情があると察したようであった。
「ええ、何とか無事に洗礼の儀は行えました。あ、先に荷物の紐を解きたいので、詳しくはあとでよろしいですか? 屋敷のカギはありますか?」
ライトはそういうと、村長が慌てて差し出すカギを受け取り、馬車に再度乗り込んで屋敷に向かう。
その馬車に村長が必死な顔でこちらに何かを言っている。
「──屋敷には──がいるので、──ください! 今晩は──お休みを!」
ライトは自分達への気遣いの言葉だと思い、馬車の扉を開けて身を乗り出すとそんな村長のゴヘイに手を振って感謝するのであった。
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