第12話 前領主の話

 領主邸当日のトラブルは無事収まり、その日の夜、ライトはひと月に渡る旅程の末にゆっくり休むことができた。


 だが、翌日の朝。


「……頭がもの凄く痛いんだけど!?」


 ライトは頭痛で目が覚めると、頭を締め付けるような痛みに苦しんでいた。


 専属メイドであるアリアは、世話をして五年、初めて苦痛を訴えるライトに動揺するのであったが、ライトは苦しみながらもいたって冷静で、


「アリア、大丈夫……。多分これは、昨日の副作用だから……」


 と多くを語らず大丈夫であることを告げた。


 そう、この頭痛は、前日の『エセ降霊術』で失敗したが浄化の為に降ろした旅の僧侶の霊と、精霊化した前領主の能力を使用した結果の反動だったのである。


「昨日の副作用? 例の悪霊がなんとかというお話ですか?」


 アリアはライトから、


「この屋敷には元々悪霊がいて、それが自分に憑りついたみたいだけど、なんとかできたみたい」


 という言葉を告げられて、「どういう意味でしょうか?」という状態であった。


 しかし、村長が朝一番で屋敷にやってくると開口一番、


「昨日悪霊について注意しましたが、あの後は大丈夫でしたか!?」


 と告げたことで、アリアもライトの意味不明だと思っていた言葉が、どうやら事実であったことを知る。


「坊ちゃん! その頭痛は悪霊に憑りつかれてのことなんですよね!?」


 アリアは早とちりすると、ライトの体が悪霊に侵されているのではないかと解釈した。


「イテテッ……。違うから……。この頭痛は悪霊を除霊した代償みたいなものだから……」


 ライトは痛い頭を支えながらアリアの早とちりを修正する。


「代償って、治るのですか!?」


 アリアは本当にライトの心配をしているのか、介抱しようと歩み寄った。


 その瞬間、ライトは思わず条件反射で『読心術』を使用する。


「(坊ちゃんに何かあったら、私の行き場が無くなっちゃう!)」


 という心の声が聞こえてくるのであった。


「(……平常運転のアリアだ……)うん、治るはずだから安心して……。だから午前中は少し休ませてもらうね。──村長さん、お話は午後からでよろしいでしょうか?」


 ライトはアリアと村長にそう対応する。


「ええ、もちろんです。無事? で何よりでした……。また、あとで来ますのでお話はその時に」


 村長もそう告げると、屋敷をあとにするのであった。



 午後になると、ライトの頭痛は嘘のように消えてなくなっていた。


「時間制限があるのかな……? 昼前には頭痛がピタリと止まったや」


 ライトは『エセ降霊術』での能力使用には、副作用がありそうだということはわかっていたし、それがどの程度なのかも少し理解できたので、安堵する。


 副作用も重度の怪我や病気のように、後遺症が残るような状態にはならず、一時的なもののようだからだ。


 そこに、村長であるゴヘイが、再度、訪ねてきた。


「何度も足を運ばせてすみません、ゴヘイ村長」


 ライトは村長を出迎えると応接室っぽい部屋に案内する。


 一応、午前の間に屋敷の間取りは確認し終わっていたのだ。


「いえ、それはもう……。──昨日、悪霊についてしっかりお話しておくべきでした。新領主様の突然の訪問に驚いたあまり、忠告できませんでしたから。こちらこそ本当にすみません」


 ゴヘイ村長も午前中のライトの苦しむ姿に責任を感じた様子で頭を下げて謝罪する。


「大丈夫ですよ。それより、この屋敷に憑りついていた悪霊って前領主なんですよね?」


 ライトは気になっていた質問をする事で、話を逸らしゴヘイ村長の荷を軽くしようとした。


「ええ。そうだと思います。前領主であったドイナカーン男爵様はこんな辺境に飛ばされたことで苦労なされていました。ここは中央でいうところの蛮族も出没する土地です。心休まる日もほとんどなくいつも悩んでおられました」


 ゴヘイ村長はそう言うと悲しそうな表情で続ける。


「男爵様は騙されてこの地の領主になったらしく、それはもう、死ぬ直前まで中央貴族への恨みつらみを口にしておいででした。私共はそんな自殺してしまった男爵様が不憫で定期的に屋敷を掃除し供養していたのですが、村の者の中にも呪われて命を失うという者もおり、これはいけないと旅の神官様にも除霊を依頼しましたがそれも失敗に終わりました。その神官様も病に倒れ、お亡くなりになった事でどうしたらいいかと悩んでいたのですが、結論が出ることなく数年が経ち、困っていたところに、ライト様がお越しになったというわけです……」


 ゴヘイ村長は、申し訳なそうにこれまでの経緯を語った。


「なるほど……。数年前というと王家の王位継承権争いが水面下で行われていた時くらいですかね?」


 ライトは五歳ながら、生まれてここまでの記憶が鮮明にある。


 それだけに、ドイナカーン男爵もその犠牲者の一人ではないかと思われた。


「ええ、まさしくその通りでして。男爵様は現在の国王様と対立関係にあった勢力に与していたようで、それが原因でここに転封されたと漏らしておられました」


 ゴヘイ村長はまだ小さいのに頭の良さそうなライトに感心しながら、答える。


 ……ザンガめぇー……。──ここは反勢力の者が左遷される場所だったのか。なんとなくわかっていたけども!


 ライトは声に出して新国王の非難をする勇気もなく、心の中で愚痴を漏らす。


「ごほん! ──村長さん、この領地についてこれから色々と教えてもらっていいですか? 見た通り、僕はまだ五歳の子供で、急にここへ送られてきたので何もわからないのです」


 ライトは気を取り直すと、ゴヘイ村長に色々と聞いて、この領地への理解を深めることにするのであった。

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