第4話 教育係
三年近く自分のお世話をしてくれた乳母マーサとのお別れも早々に、その翌日には入れ替わるようにライトの下には、教育係兼世話役が着任してきた。
「ライト王子殿下、お初にお目にかかります。私は宮廷貴族のレオン・ロードス子爵と申します。これから、王子殿下の教育係兼世話役として日々を共にすることになりましたでよろしくお願いいたします。私のことは、レオンとお呼びください」
レオン・ロードス子爵は、三歳未満のライトに恭しく頭を下げると自己紹介をした。
どうやら、とても礼儀正しいタイプのようだ。
ライトはよちよち歩きでレオン・ロードス子爵に歩み寄ると、
「おんぶ!」
とおねだりする。
そっちの方が、心を読みやすいからだ。
レオン・ロードス子爵は、その後ろに並ぶ、執事や専属メイドのアリアに視線を向けて問題ないのか確認する。
執事やアリアが頷くと、レオン・ロードス子爵はライトを抱き上げた。
「初対面の私におんぶをねだるとは、人見知りしない利発そうな方だ。これなら、教育も滞りなくできるかもしれない」
というライトに対する評価と安堵の心の声が聞こえてきた。
お? まともな心の声が聞こえてきたなぁ。第十王子の教育係なんて、出世街道から外れているし、どんな人物かと思ったけど、意外にまともそう……。
ライトはレオンをそう評価すると、その姿も改めて確認した。
黒髪に黒い目、身長は高くすらっとしており、何より顔だちが整っている。
世間で言うところのイケメンというやつだ。
これでまじめそうなのだから、何かしら問題がないと自分の教育係になるのはおかしい気がするのだけど……。
ライトはレオンをそう観察するのであった。
翌日の朝から、レオンのライトに対する教育が始まることになった。
「それでは、ライト王子殿下。今日から、このランカスター王国の言語や文字、さらには礼儀作法や道徳について学んでいきましょう」
レオンは三歳未満のライトに対して真面目な顔でそう告げる。
普通、三歳児相手には童話を読み聞かせるとか、絵本を使用して常識を教え込むものだが、レオンはいたってまじめであり、どうやら、子供に教えるのは初めてのようであった。
だが、ライトも前世の記憶を辿っても三歳の記憶など覚えているわけもなく、それが三歳だと普通なのかと思い、レオンと真面目に勉強する。
ライトとしては、ようやく文字が学べると思っていたから、何も疑問に思わなかったのだ。
こうして、ライトはレオンの指導の下、勉強をしていくことになった。
礼儀作法については、呑み込みが早かった。
なにしろ、前世は日本人である。
礼儀作法は一通り身に染みているから、問題なくそこに王族としての作法が加わるくらいだ。
王族が下々に頭を下げたり、尊敬語を使ってはいけないとか、そういう類のものである。
その辺りは前世で『エセ霊媒師』時代に失敗を認めない、不用意に謝らないなど成功の秘訣に似ていたから、ライトは問題なく覚える事が出来た。
道徳も同じようなもので、王族と貴族、庶民の立場やその常識などの違いなどを教えてくれたのだが、レオンは王族であっても、謙虚な姿勢で相手に接することで信頼関係を築くように諭してくれたから、ライトはレオンに対して好感を持ち始めていた。
レオンはライトに対し、王族ということで適切な距離を保つことに努めていたから、心を読める距離に中々入ってくれない厄介さがあった。
しかし、三歳程度の自分に対する礼儀や態度はとても紳士的であり、いつもその態度はまじめで礼節を重んじていたから、わざわざ心を読まなくてもその思いは伝わってくる。
それでもライトは石橋を叩いて渡るに越したことはないとばかりに、時折、レオンにおんぶをせがむことにした。
レオンはその度に、困った表情をするのであったが、
「失礼します……」
と断りを入れてからライトを抱っこする。
「(ライト王子殿下は、子供の割にしっかりしている気がするのだが、時折、急に甘えてくるのはなぜだろう?)」
ライトの『読心術』により、レオンの真面目に困惑する心の声が聞こえてくる。
「(こんなことなら、周囲の子供をよく見ておくのだった……。休みの日にでも、外に観察に行くか)」
レオンはどうやら子供相手については完全に無知なようで、ライトを理解する為、子供と接してから学ぼうとしているようであった。
やはり、普段の態度から真面目だと思っていたけれど、本当に裏表がないなぁ。年齢もアリアの心の声通りなら、今年で二十三歳。好青年なのに、なんで僕の世話係になってしまったんだろう……?
ライトは教育係であるレオンを知れば知るほど、疑問が増える一方であったが、自分はまだ、三歳児。
その疑問を口にするわけにもいかず、子供としての素振りを守りながら生活を続けるのであった。
そして、日は流れ、ライトは四歳を迎えたある日の授業。
レオンの口から、洗礼の儀について、簡単な説明があった。
「──ということで、ライト様は六歳になると洗礼の儀を受けて天上の神ヘスティア様よりスキルを与えられることになります。これにより、スキルによって伸ばす技能が六歳から加わってきますが、それまでは全体的に色々と学んでおくのが大切です。能力というのはスキル以外のものでも伸ばすことが可能だからです。つい、スキルを当てにして努力を怠る者も多いですが、ライト様は第十王子。ご兄弟のお力になるべく、色々なことを学んでおいた方がよいかと思います」
レオンはそう言うと、とても利口で教えがいのあるライトに、努力を惜しまない人になってもらうべく諭すように言う。
「はい!」
ここまでの一年余り、ライトはレオンから学んできて初めて信用が出来る裏表のない人物だという確信が、『読心術』を使わなくてもわかったので、レオンを信じて素直に返事をする。
「レオン先生、そのスキルというものは、どうやったらわかるのですか?」
ライトはようやく自然の流れで大事な質問をできた。
この質問をしたくて、ずっと機会を伺っていたのだ。
「それは、ヘスティア教会で神父による『鑑定』でわかりますよ。大体は『洗礼の儀』で、この『鑑定』を行ってもらい、自分のスキルを知り、そのスキルに相応しい道を目指して学問に励んだり体を鍛えるなどすることになります」
レオンは好奇心の強いライトからの質問に何も疑うことなく答える。
「自分では確認できないのですか?」
ライトは好奇心のある子供なら、考えそうな質問を続けた。
「自分では確認できません。確認しようと思ったら、毎週、教会のミサに通い、神父様にお布施をして『鑑定』してもらうことで、確認することが出来ます。ヘスティア神の力が及ぶ神聖な場所でないと神父様の『鑑定』も使えないというのが世間での常識です」
レオンは祈る
……ということは、僕の『エセ霊媒師』は少なくとも六歳まではバレないということだ!
ライトはホッと一つ胸を撫で下ろす。
「ちなみに、レオン先生のスキルは何ですか?」
これも、レオンの説明を聞けば、疑問に思う質問の範疇として参考がてら聞く。
「このことは説明していませんでしたね。他人のスキルを直接聞くことは、マナーとして失礼に当たります。ライト様は王族ですから、相手は断ることが難しいでしょうが、基本は、聞かない事が肝要かと思います。よろしいですか?」
レオンは笑顔でこの優秀な生徒に教え諭す。
「わかりました!」
ライトはこの真面目で、貴族の中でも多分かなり優秀だと思えるレオンの教育方針に笑顔で元気よく返事をするのであった。
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