第41話 弓勝負後の余談
ミディアム領に戻ったライトと従魔のソルテ、そして、専属メイドのアリアは、屋敷で久しぶりとも思えるゆっくりとした一日を過ごしていた。
「平和ですね、坊ちゃん」
「そうだね~。白狼族の村では今度こそ死ぬかと思ったから、この平和がいかにタダではないかを実感するなぁ……」
ライトはそう答えると、アリアの入れてくれたお茶を啜って安堵する。
『ご主人様のことは僕が守るでしゅよ』
従魔であるウリ坊の見た目であるソルテが、ライトの頭上でそう宣言する。
「ありがとう、ソルテ。でも、一番いいのは、争いに巻き込まれないことだからね。白狼族と黒猿族も争わずに済んで良かったよ」
ライトはそう答えると、また、安堵のため息を吐く。
そこへ、ノックがして、執事のロイド・ロンドがぽっちゃり体型を揺らして入ってきた。
「ライト様、落ち着いてお聞きください……。このミディアム領に黒猿族という部族が多数訪れています! その族長を名乗るコーグという二メートルを優に超える男がライト様に面会を求めていますが、どういたしましょうか?」
ロイドは、ライトから黒猿族との間にあったことを何も聞いていなかったので、急にやって来た黒猿族について戸惑っている様子だ。
「あ……、そうだった! 交友関係を結ぶのに、準備するから日を改めてうちに来るって言ってたね」
ライトは数日前の約束を思い出して、アリアにそのことを確認する。
「はい、坊ちゃん。でも、こんなに早くやってくるのは予想外ですし、礼儀に反します。坊ちゃんの大事な休みの時間を邪魔するのであれば、奴が先日敗北した時の様子を再現し、口汚く罵って追い返してきますね」
アリアが悪役メイドらしい口の悪い言い方で、表に向かおうとした。
「なんでそうなるのさ! ──確かに貴族流であれば、少なくとも数日は間をおいて訪問すべきなんだろけど、彼らにその作法を押し付けるわけにもいかないよ。今日は、体調もいいし、多分、交友関係を結ぶ為に訪れたのだろうから、応接室に通してくれるかな?」
ライトはアリアにツッコミを入れて止めると、会う準備をお願いする。
「わかりました。まさか、白狼族だけでなく黒猿族まで手懐けてしまうとはさすがライト様です。この勢いで近隣の国王派の貴族共を滅ぼしてしまいましょう!」
今度は、悪役執事っぽいロイドが怖いことを言う。
「だから、そんなことはしないって! そもそも、国王に睨まれたらそれだけで終わりなんだから、怖いことを言わないでくれる!? ──まあ、領地に他所の部族が出入りしているだけでも問題ありそうではあるけど、それはうちの立場からしたら仕方ないから大目に見てほしいところ……。って、それはいいから、早く面会の準備を進めて!」
ライトはロイドの言動を注意すると、黒猿族族長コーグを応接室に通させるのであった。
黒猿族族長コーグは、白狼族の村での失礼な態度は鳴りを潜め、ライトを少年領主として対等の扱いをしてくれた。
「ライト殿。我々黒猿族は白狼族同様、ライト殿のミディアム領と友好関係を結ぶことで話をまとめてきた。多少、反対をする者もいたが、俺がその辺りは何人かボコボコにしたので最終的に反対する者はいなくなったから安心してくれ」
コーグは涼しい顔で怖いことを告げるのであった。
それ、下手したら恨みが僕に向くから止めて!
と思うライトであったが、その辺りはやはり、この巨体である、強く言い返せない雰囲気がある。
そんな中、コーグの部下と執事のロイドが間に入って、両者での交易条件や領地の出入りについてなど細かい話し合いが始まった。
その間、ライトも族長コーグも暇そうにしていたが、交渉の間に雑談をするわけにもいかず、黙ってその光景を見ているのであった。
二時間後、話がまとまり、ライトとコーグは書類にサインをしてから、握手を交わす。
これで、この緊張感のある空気から脱出できると、ライトは内心喜ぶのであったが、握手のタイミングでライトは条件反射で、能力『読心術』を発動した。
(ライト殿に、この後、弓の手ほどきしてほしいのだが、さすがにみんなの前では言いづらいな……)
という族長コーグの心の声が聞こえてくる。
……弓の手ほどきかぁ……。『エセ降霊術』で能力を一時的に降ろしたことで、多少はコツも掴めた感覚があるから、助言くらいならできそうな気もするけど……。
ライトは、少し悩むのであったが、せっかく交友関係も結び、良い雰囲気作りが出来ていたので、それを壊すのも良くないと考えた。
「族長コーグ殿。この後時間があるようでしたら、僕に弓矢について色々と教えてもらってよろしいですか? それに歴代族長の口伝による技も色々とあるみたいですし……」
ライトはコーグの顔を立てる形で、下手に出てお願いする。
すると、コーグはわかりやすく嬉しそうな笑顔になった。
そして、
「ライト殿からのお願いならば、今後の付き合いもあるし、いいだろう。庭の方で軽くやりましょうか」
と言うと、部下が反対する前にライトの体をひょいと持ち上げ、外に出ていく。
玄関に出ると、ライトを肩に乗せる。
さすが、二メートル二十センチ近い身長のコーグの肩の上は、想像遥かに超える景色が広がっていた。
「高いですね!」
コーグの身長の高さにライトが感心する。
「わははっ! お望みなら、好きな時に、肩に乗せるぞ?」
コーグはライトに弓を学べるとあってご機嫌だったから、そんな約束をするのであった。
この後、庭に回ったライトとコーグは、先日の対決の時にライトが見せた黒猿族の秘射になっている技について、その時の感覚をコーグに伝える。
そして、それを実際に弓矢を手にしたコーグが試してみるという交流が行われ、弓矢談議に花を咲かせることになった。
二時間ほどのやり取りがあって、満足したコーグは、
「教えてもらったことを、帰ってからも練習してみようと思う。今日は感謝する、ライト殿」
とお礼を言うと、部下達率いて帰っていくのであった。
「見た目は大きくて怖いし、粗暴なところもあるけれど、根っからの悪い人じゃなさそうだね。白狼族族長への求婚については僕は何も言えないけどさ」
ライトは、メイドのアリアにコーグの印象を改めて漏らす。
「坊ちゃんがその辺りに気を遣う必要はありませんよ。あまり、深入りし過ぎて危険な立場に陥らないようにお気をつけください」
アリアはライトを気遣い、そう助言する。
「はははっ。仲良くなっておいて損はないよ。もし、仲が悪いままなら、今頃、僕は、その辺に死体として転がっていた可能性もあるからね」
ライトは笑ってアリアの心配を払拭すると、寿命が延びたことを喜ぶのであった。
こうして、ライトの近々の心配であった好戦的な部族との関係は、良好になり、安全が保たれる事になる。
そして、交易も行われる事でミディアム領内の経済も動き出す事になった。
「今を頑張らないと未来も来ないから、今日も明日の為に頑張ろうかな」
ライトは、前世でのエセ霊媒師の自分を頼ってくる相談者達に、よく使っていた言葉を自分に言い聞かせるのであった。
しかし、数日後にはまた、命の危機を感じる事件が起きて慌てる事になるのだが、それはまた別のお話。
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