第40話 弓矢勝負③
二つ目である百五十歩先(約百メートルくらい)の的を一発で当ててみせたライトにより、黒猿族族長コーグはあとが無くなっていた。
一つ目の的は両者一発で当てたので引き分けだったからだ。
次の三つ目の的は、両者一矢目で当てると引き分けだからライトの勝利になる。
その為、族長コーグは先に当てて尚且つライトの失敗を待つしかない立場であった。
三つ目の的は五十歩先(約三十五メートルくらい)の的を射るのだが、間に大きな岩があり、的を直接見ることはできない。
つまり、山なりに射て、的に当てるしかないのだ。
コーグは岩の裏側に回ると、的の位置を念入りに確認する。
「射角を間違えたら、終わりか……。先に射る方が不利だが、言い出した以上、仕方ないな……」
コーグは、ボソッとそう独り言をつぶやいた。
「あ、すみません。なんでしたら、コーグさんが射ている間、僕は後ろを向いておきましょうか? それならお互い、対等ですよね?」
ライトは勝負後の不平等感を無くす為にそう申し出る。
これには、コーグも目を見開いてライトに視線を向けるが、これには黒猿族の名誉がかかっている勝負だ。
自分の自尊心は無視するべきだと思いいたったのか、
「それで、頼む……」
と小さい声でコーグが告げるのであった。
コーグは立ち位置につく。
ライトは宣言通り、後ろを向き、さらには手拭いで目隠しをする念の入れようであった。
コーグは後ろ向いてそれを確認すると、深呼吸をして的のある手前の岩を見つめる。
コーグの弓術は、強弓が特徴であり、物陰の的を射るような芸当は得意ではない。
とはいえ、不得意でもなかったから、この三つ目の的を射るのは、五分五分といったところであった。
コーグは、また、深呼吸をすると、弓に矢をつがえて弦を引く。
コーグの脳裏には、岩の先にある上向きの的が鮮明に描かれている。
あとは、山なりに天に射て、落下させる形で的に当てることが出来れば成功だ。
コーグは、天に矢先を向けると、気合いと共に放つ。
矢は青い空に弧を描いて、落下していく。
落下地点は狙い通り岩の向こうの的辺りだ。
的の傍には、白狼族の者が待機していて、当たったかどうかを知らせることになっていた。
岩の上に、その者が登ってきてこちらに、首を振る。
それは、外れを意味するから、コーグは驚いて、
「ちゃんと確認しろ! 手応えはあった!」
と告げる。
白狼族の者は、そう言われるとまた、岩の向こう側に下りていく。
そして、しばらくすると戻ってきて、手を振る。
それは、的に当たったことを意味した。
そう、コーグの矢は的である一メート四方の板に描いた円の端にギリギリ刺さっていたのだ。
審判である白狼族の者は、それをぱっと見で外れと最初判断したのだが、よく見るとギリギリ掠めていたので、成功したと判断したのであった。
「よっしゃあぁぁぁ!」
コーグは、もはや、族長としての自尊心や黒猿族の名誉とは関係なく叫んでいた。
それだけ、コーグ程の名手でもこの挑戦が難しいものであったということだろう。
何度もガッツポーズをするコーグであったが、ようやく周囲の目に気づいて、深呼吸すると、立ち位置から移動して、ライトに譲る。
ライトはコーグの喜ぶ声と共に、目隠しを外してその光景を見ていたが、いたって冷静であった。
ライトはすぐには射ず、岩の向こうまで歩いて行って的の位置を再度確認する。
そして、立ち位置に戻ると、コーグ同様、深呼吸をしてから弓に矢をつがえ、弦を引き絞った。
だが、みんなが、そのライトの矢先を見て、息を呑んだ。
ライトの引き絞った矢の先が、岩に向いていたからである。
「(ゴクリ)何をする気だ……!?」
コーグも驚いた一人であったので、そうつぶやく。
ライトは、矢を引き絞ったまま、その矢先である
すると、その鏃に光が灯った。
「「「!?」」」
息を呑んで見ていた者達は、この光景にギョッとして、目を見張る。
それはコーグも一緒であったが、コーグはそれ以上に、目の前で起きていることに何やら身に覚えがあるのか、
「まさか……!?」
と一言漏らした。
その瞬間、ライトは、光の灯った矢を、岩に向かって放った。
矢は、光の尾を引いて、岩に吸い込まれていく。
そして、鋭い音と共に、岩の上部が砕けた。
矢は、岩を砕いて失速するが、そのまま、その後ろにあった的の中心に刺さるのであった。
審判である白狼族の者が、すぐに、こちらに手を振る。
文句なしで的の中心を射抜いていたからだ。
コーグは、急いで確認しに走っていったが、ライトは、大きくため息を吐くと、
「これで勝負あり、だね」
と一言漏らすのであった。
黒猿族族長としてコーグは、負けを認めるしかなかった。
この勝負の見届け人は、白狼族だけでなく自分の部下達もいたから、誤魔化しようがない。
もちろん、誤魔化すつもりはなかったが、相手がまだ、五歳の子供であったから、他の者に説明するのは難しいところである。
それだけに、コーグの負けは、黒猿族の族長としては屈辱的なものになるであろう。
「……俺の負けだ。──ところでガキ。……いや、少年。お前の名はなんという? 最後にお前の射た一矢は、黒猿族族長のみに口伝される秘射の一つ、『光陰の一矢』と重なった。俺も先代達もマネできなかったから、初代の伝説が誇張された話だと思っていたが、そうではなかったようだ」
コーグは、この目の前のガキことライトが、とんでもない人物であったようだということを認めて、秘密を口にした。
「僕の名前は、ライト。ライト・F・ランカスターです」
ライトは、コーグから殺気を感じなくなったので、今なら大丈夫だろうと考え、正直に名前を名乗った。
「ランカスター、……だと? とんでもない化け物が、近所に引っ越してきたものだな……。お前達の狙いはなんだ? 俺達辺境の部族を根絶やしに来たのか?」
コーグは、自分の得意な分野で圧倒的な力差を見せつけた相手の正体を知って、諦めに近い絶望的な気持ちで問うた。
「僕は、穏やかに暮らしがしたいだけですよ? まあ、新国王である兄上は、僕を殺したがっているそうなので、それを回避したいのが当面の目標です」
ライトは、五歳とは思えない希望を口にして苦笑する。
その意外な答えにコーグは、ポカンとするのであったが、なんとなく嘘はついていないようだと、ライトとの表情から察することが出来た。
「よくわからんが、敵対しないでくれるなら、俺達もミディアム領に侵攻はしないと約束しよう」
コーグは、完全にこの五歳の少年領主に、心をへし折られた状態であったから、畏敬の念を持って、そう宣言する。
「それは良かった。あとは、白狼族とも仲良くしてください。両者が争うとうちの国の近隣貴族が刺激されて動きかねないので。そうなると僕の命が危ういんです」
ライトは、冗談にも聞こえそうなことをコーグに告げると、手を差し出す。
コーグは、この小さな名手に敬意を表し、夕日を背景にして片膝を突き握手を交わすのであった。
こうして、新たな命の危機を回避したライトは、白狼族だけでなく、黒猿族とも友好関係を結ぶことになった。
その、翌日。
ライトは、能力である『エセ降霊術』の反動により、全身の痛みに悩まされて動けなくなったので、もう一日、白狼族の村に滞在してから、自領に帰還することになるのであった。
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