第7話 洗礼の儀

 ライト・ランカスター第十王子の為に行われることになった洗礼の儀の朝。


「ライト王子殿下、教会に到着しました」


 専属メイドのアリアと教育係のレオン・ロードス子爵がライトの付き添いとして馬車に乗っており、アリアが小窓から確認して告げる。


「う、うん……」


 ライトは緊張気味に頷いた。


 馬車は教会である大聖堂の前で止まり、ライトはアリアに手を取られて馬車から降りていく。


 普通なら王子の洗礼の儀だからある程度大人数の出迎えがあっても良さそうなものだが、急遽ということもあり、教会関係者の数人だけが、出迎える。


 その中にはこの教会の大司教が立っており、


「ようこそ、おいでになりました、ライト王子殿下。この度は急なことで驚きではありますが、準備は出来ております」


 とライトに同情的な表情でそう告げる。


 ライトは大司教に握手を求めて、


「ありがとう、大司教様。僕はまだ五歳なので心配ではありますが、良いスキルを頂けるように祈って頂けると幸いです」


 と同情を誘う言葉で応じた。


 それと同時に、『エセ霊媒師』の能力の一つ『読心術』を使用した。


 大司教の心の中を知っておきたかったからだ。


(こんなしっかりしているのにおかわいそうなことだ……。六歳で洗礼の儀が行われるのは、その前だと半端なスキルしかもらえないという明確な理由があるからだ。それを、国王様のわがままでこんなことになろうとは……)


 という大司教の声が聞こえてきた。


 六歳で洗礼の儀を受けるのには、そんな理由があるのか……。でも、すでに僕はスキルがあるから、問題はないのだろうけど、命の危険はないよね?


 ライトは少し安堵するのであった。


「もちろん、ライト王子殿下の為にヘスティア神様に祈りを届けさせてもらいます。……ただ、洗礼の儀が全く安全というわけでもありません。スキルを頂く時に何か想定外のことが起きるのもこの儀式ですので、心構えはしておいてくださいませ」


 大司教は、問題が起きた場合の念押しもした。


(洗礼の儀は六歳からが相応しいという結論に至るまでは、死人も出ていたというからな……。五歳……か。本当に何事も起きなければよいが……)


 ライトの『読心術』で大司教の心配する心の声が聞こえてくる。


 やっぱり、危険が伴うものなんじゃん! 前倒しで洗礼の儀をやらせるザンガめぇ!


 ライトはふつふつと怒りが湧いてくるのであったが、あちらにしたら事故で命を失っても問題はないという事だろう。


「わかりました」


 ライトは大司教の手を離して返事をすると、大聖堂内に案内される。


 初めての教会内であったが、ライトはその壮麗なステンドグラスや絵画、装飾などに感動している暇はない。


 歩きながら密かにステータス欄を開くと、能力である『エセ降霊術』を選択し、降霊させる霊を探し始める。


 さすが聖地と言うべきか。


 降霊対象の霊は千差万別で、中には聖女や代々の大司教などもいる。


 だが、今、選ぶべきはそんな凄そうな霊ではないのだ。


 降霊させる霊によって、自分の怪しいスキルを誤魔化さなければならない。


 大司教は洗礼の儀でヘスティア神を通してライトにスキルを渡す役割である。


 そして、そのスキルを確認したらライトに伝え、さらにはそれを国王であるザンガにも密かに報告するのだろうと思われた。


 それをライトは騙さなくてはいけない。


 ライトは自分に相応しい霊を必死に探していると、祭壇の前まで案内されていた。


「それでは洗礼の儀を始めます」


 大司教は両手を広げ祈ると、ライトの頭に右手を置く。


 左手は助手に渡された水晶のような玉を持ち、それをライトの頭に掲げ始める。


 ヤバい、もう時間がない!


 ライトは必死になってどうでもいい霊を探し続ける。


 あった、この霊だ!


 ライトがそう心の中で叫ぶのと、スキルを得る為の奇跡が起きるのが同時であった。


 普通ならここで手にした水晶玉が淡く光り、そこにスキル名が表示されるのだが、この日はその水晶玉がまぶしく輝いた。


「おお!? これは!?」


 大司教もそのまぶしさに一瞬、視界を失いよろめく。


 助祭がその大司教を支えて何事もなく済むと、大司教は水晶玉に表示されたスキル名を確認する。


「『聖なる農家』?」


 大司教はそのスキル名に驚きで首を傾げる。


 第十王子でまだ五歳とはいえ、王家の血筋を引くのだから、それなりのスキルが天より授かると思っていたので、これには大司教も二度見せずにはいられない。


(やはり、洗礼の儀の最低条件である六歳に満たない五歳では、いくら王家の血筋であっても、早すぎて平凡なものになってしまうという事だろうか? 何と残念な事であろうか……)


 大司教はそう想像するしかない。


 最初に『聖なる』とついてはいるが、これは大した問題ではない。


 信仰心の強い者のスキルにはたまに表示されることがあるからだ。


(なるほど、ライト王子は信仰心溢れる方だったのか。しかし、王家の生まれなのにスキルが『農家』とは、可哀想に……)


 大司教が疑問のままにスキル名を口走って、同情の目でライトを見つめているが、それに反して本人は自分のステータス欄を確認して安堵していた。


『エセ霊媒師』の横に『※聖なる農家をエセ降霊中』


 という表示がなされていたからだ。


 今、大司教様、『聖なる農家』って口走ったということは僕は今、『聖なる農家』というスキルに見えているという事だよね!


 と内心喜ぶ。


 ライトの能力である『エセ降霊術』とは、エセなので霊を降ろすことはできないが、その霊の生前のスキル能力だけを降ろすことができるのだ。


 つまり、ライトの『エセ霊媒師』という能力はかなり使えそうなもののようであった。

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