第32話 祟り憑き討伐
その日の深夜。
ライトと白狼族族長の息子フィロウは、領主邸で休憩を取った後、村人からの報告で月明りを頼りに現場に急行していた。
村の外れにある田畑までは少し距離があり、向かっている間に逃げられるのではとないかとライトは心配していたのだが、村人達が松明や照明魔法で周囲から逃げないように追い立てていたので大丈夫であった。
しかし、その分、畑を荒らされることにはなったようで、持ち主は「俺があの祟り憑きを成敗してやる!」と鎌を持って興奮状態である。
それを他の村人達が羽交い絞めにして止めるところにライト達は遭遇した。
「英雄ガロ殿が来たぞ!」
今や領主である五歳のライトよりも、治水工事を行ってくれた白狼族の戦士ガロの評判の方が上になっていたから、駆け付けたガロを見て村人達は喜ぶ。
「オラの畑を台無しにしたあの祟り憑きをどうか成敗してくだせぇ!」
持ち主は土地が呪いによって駄目にされた土を絶望的に眺めながら、ガロに敵討ちを願う。
村人達の視線の先には、禍々しい黒い靄に覆われた大きな物体がいた。
いや、靄と言うより、液体と言うべきか?
それは四足歩行の魔物であることは見ればわかるのだが、元が何の魔物かわからないくらいその黒い液体に覆われた姿は不気味である。
「……うわぁ。石油の原液みたいな塊だ……。あれが、祟り憑きの魔物か……」
ライトは初めて見る魔物に眉をひそめた。
「ライト、下がっていてくれ。僕とガロがまずは探りを入れる」
フィロウは白狼族で一人前と認められた戦士だから腰に剣を佩いている。
その剣を抜くと、ガロと二人、その祟り憑きの魔物に対峙するのであった。
「村人達は遠く離れてくれ! これ以上の刺激は魔物を本気にさせるだけだ。その時、巻き込まれても知らんぞ!」
ガロが村人達の安全を考えて警告する。
「ガロ殿、頼みます!」
「お気をつけて!」
「ここはお任せします!」
村人達は頼もしいガロに期待して、松明を魔物の傍に投げ自分達は距離を大きくとっていく。
照明魔法は距離があると、遠くまでは照らせないので消す。
自分達のところばかり照らしていると、魔物が寄ってくる可能性があるからだ。
地面に落ちた松明の火が、地面と祟り憑きの魔物をゆらゆらと照らす。
魔物は闇より黒い塊なのでそれが一層不気味に見えた。
魔物は接近してきたフィロウとガロに「シュー!」という警告音だろうか? を鳴らすと液体のような体の一部を地面に落ちる。
するとその触れた部分の土が、瘴気に侵されたように黒くなっていく。
「早めに仕留めた方が良さそうだ」
フィロウはそれを見てさらに一歩前に出る。
「フィロウ様はお下がりを、俺が仕留めますよ!」
ガロはそう言うと、剣を握る手に力を込めて魔物に向かっていく。
魔物はガロに向かって触手のように身に纏う黒い液体を飛ばす。
だが、ガロは、それを余裕をもって躱すと、距離を詰めて剣でその体を切り裂いた。
「手応えがない!」
ガロは、苦虫をかみ殺した表情で、そう言うと、また、触手の攻撃を躱しつつ、さらに剣でその体を斬りつける。
だがしかし、やはり手応えがない。
ガロは舌打ちすると、距離を取って剣を水平に構える。
「僕が時間を稼ごう」
フィロウはガロが何をしようとしているのかわかったのだろう。
ガロの代わりに魔物の注意を引いて、斬りかかっていく。
魔物は新たに襲い掛かってくるフィロウに標的を移すと、触手を飛ばす。
フィロウもガロ程ではないが、触手を躱して魔物に斬りかかる。
しかし、ガロ同様手応えがない。
「これは、粘り気のある水を斬っているようだ!」
フィロウは、ライトに聞こえるように叫ぶ。
そう、フィロウはライトが倒す為のお膳立てをしているつもりなのだ。
もちろん、ガロが仕留めるのが一番なので、その為に注意を引いているのだが、ライトにヒントを与えることを忘れないのであった。
ライトは、その様子を距離を取って松明の火がほとんど届かない闇の中で窺っていた。
あの魔物に僕の『エセ除霊』は使えないかな?
ライトは前領主の悪霊に使用した能力が効果あるかもしれないと考えていた。
ただ、魔物は明らかに物体のようであったから、確証はない。
とりあえず、ガロの行動後にどうするか判断しようと思うライトであった。
「フィロウ様、お下がりください! ──やります!」
ガロは準備が整ったのか魔物の注意を引いてくれていたフィロウに警告した。
フィロウはすぐに、触手を躱すと後ろに大きく飛んで距離を取る。
「祟り憑き! こっちだ!」
ガロがそう叫んで、その手にした剣を魔物に向けて一閃した。
ガロの剣から放たれた斬撃はライトがフィロウに木剣で使用したものと同じ原理のものであった。
そう、見えない飛ぶ斬撃である。
ガロの斬撃は黒い大きな祟り憑きを横一線で両断する。
すると上半分が四散した。
「肉体がないだと!?」
両断した瞬間を確認したガロは、肉体がなく手応えがないことにも唖然とする。
その両断した黒い液体が飛び散り、周囲の松明を消して辺りを真っ暗にした。
月の明かりも雲に隠れてしまったので、文字通りの闇である。
その時であった。
ライトは、能力である『エセ除霊』を迷うことなく使用した。
暗闇の中、魔物の周囲に微かな静電気が起き、その明かりで刻まれた下半身が蠢いているのが少し確認できたが、魔物が「ぷぎー!」と鳴くと、その黒い液体の体を四散させる。
ブシャッ!
弾ける音に暗闇の中、村人達から、
「今の音……? やったのか……?」
「明かりが消える直前、ガロ殿が両断したのを俺は見たぞ?」
「ということは……?」
という声でざわつき始めた。
すると、フィロウが照明魔法を使って、魔物の生存を確認する。
すると、魔物がいた場所には何もいなくなっていた。
フィロウは、小さな光の火花が散ったのは少なくともガロの剣技ではないことは確信していたから、ハッとする。
「ライト、無事か!?」
フィロウがライトのいた方の暗闇に声をかけた。
「うん僕は大丈夫だよ。それよりも……、──みなさん、ガロさんの剣技で魔物は退治されましたよ!」
ライトは、フィロウにそう答えると、最後の仕上げとばかりに、またもガロの手柄としてみんなに報告する。
すると、その瞬間、
「「「やったー!」」」
と村人達から歓声が沸き起きる。
そして、またも村を救った救世主としてガロを讃え始めるのであった。
「フィロウ君、この辺りを照らしてくれる?」
ライトは魔物が破裂した辺りをフィロウに照明魔法で再度照らさせる。
フィロウは「?」となっていたが、言う通りにした。
すると、何か小さい物体が転がっている。
ライトはそこに駆け寄ると、その物体を手にした。
五歳のライトでも簡単に持てるそれは、微かに動いている。
「ライト……!?」
フィロウはとっさに照明魔法を消すとライトの傍に駆け寄った。
「とりあえず、家に戻ろうか」
ライトはそう言うとその動く物体を上着で包み、ガロの活躍を囲んで称賛している村人達を脇目に、フィロウと共に雲の間から漏れる微かな月明りを頼りに領主邸へと戻るのであった。
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