第28話 勝負の後
白狼族族長フェルンの息子で戦士の儀式を乗り越えて一人前の戦士である七歳のフィロウと、辺境にあるミディアム領主でこの国の第十王子である五歳のライトとの決闘試合は、全ての者の想像に反した結果で幕を下ろした。
「まさか、族長の息子が負けるとはな……」
「負けるどころの話じゃないだろ? 相手はまだ、五歳だぞ。族長の息子フィロウが大人並みに強い事はよく知っているが、それ以上の腕前っていうのは、とんでもない事だぞ!?」
「わかっているさ。それに少年領主様のあの技って……」
白狼族のその場で観戦していた者達はこの結果が、信じられない様子であった。
それもそうだろう。
相手は、白狼族のように生まれて物心つく前から戦士として鍛えられている子供ではない。
それどころか木剣を握ることもほとんどない様子であったし、その佇まいからも戦士でないのは明らかだったのだ。
それがである。
誰もが一目置く族長の息子で一人前の戦士と認められているフィロウが、相手に触れることすらできず、負けたのだから驚くのは当然であった。
この勝敗については、フィロウ本人が一番、驚いていた。
族長である母から一人前と認められ、与えられたばかりの戦士の仮面も真っ二つにされるという屈辱と感じてもいい敗北であったが、驚きが強すぎて呆然としている。
だが、実際、自分の木剣は相手に一度もかすることさえなく、相手の一振りで勝負が決したのだから、負けを認めざるを得ないだろう。
それも審判を務めた母がとっさに止めないと自分は死んでいた可能性もあったのだから言い訳もできない。
「……僕より小さい奴に負けるのは初めてだ。僕の負けだ」
フィロウはそう言うと、ライトに握手を求めた。
ライトも断る理由がないので握手に応じた。
それどころか傷を負わせてしまったから、そう言ってもらえると罪悪感が少しは薄れる気がして安堵する。
ここでようやく、見物していた白狼族の者達から拍手が起こった。
「フィロウに勝てるということは、立派な戦士だ」
「五歳でその腕なら、認められるべきだろうな」
「お見事!」
白狼族は戦士の一族だから、実力を示した相手には最大の敬意を払う。
ライトは認められてフィロウと握手をしたまま、周囲に手を振る。
その時であった。
ライトはとっさに『エセ霊媒師』の能力である『読心術』使用していた。
これはもう、赤ん坊時代からの癖のようなものである。
握手を交わす距離に人が近づいた時点で思わず使用していた。
(こんなに凄い技を使う戦士を見たことがない。うちのガロも強いけど、あんな技使ったところ見たことないし……。僕はこの人から剣を学ばないといけない!)
そんなフィロウの心の声が聞こえてくる。
うっ、使うことはできても、教える知識がないから、それは無理!
ライトは内心でフィロウの心の声を否定した。
そして、フィロウが、その心の声を言葉にしようと、口を開く。
「良かったら僕を弟子──」
「あっー! フィロウ君、傷は大丈夫!? 僕はなんてことを! まぐれで変な技を出してしまい、怪我を負わせるなんて! 本当にごめん!」
ライトはフィロウが話す前にそうまくし立てて謝る。
特にまぐれを強調して答えた。
「いえ、この傷は慢心していた僕にとって、とても大事なものになると思います。先程までの無礼、すみませんでした」
フィロウはそう言うとライトに対して頭を下げる。
まだ、七歳ながら一人前の誇りある子供戦士が、五歳のエセ戦士に頭を下げるのは中々勇気が要ることだろう。
だが、この少年はそれを堂々と行った。
ライトはそれが羨ましくもある。
自分の前世では間違いを認めると霊媒師としては終わるので、言葉巧みに誤魔化すのが日常であったからだ。
そんな日々を数年続けてしまったことでそれが体に染みつき、なかなか謝るという行為ができない意識になったまま、転生してしまった。
それも、王子という立場に生まれたのだから、人に謝るという事が、さらにできないようになっていたのが現状である。
それだけに、この少年の潔い謝罪がとてもまぶしく映った。
「いえ、僕も軽はずみに戦士である君を挑発してしまったことをお詫びします。ごめんなさい」
ライトはそう言うと、自分もこの年の近い少年に自分の軽率さを謝る。
「……では二人とも、わかり合えたところで今日はお開きだ。皆の者も散れ。こんなに一か所に集まっては村の者達も不安になるだろう」
族長フェルンはそう言うと、懐から仮面を取り出しそれを装着して馬に跨った。
フィロウもそれに従うように、馬に乗る。
「ライト様、これで僕は失礼します。また後日、改めて挨拶にきますので、その時にお話しましょう!」
フィロウは馬上からそうライトに挨拶した。
「ということだそうだ。私も少年領主のあの剣技について聞きたいところだが、また今度にしよう。今日は試すような事をしてすまなかったな。ではさらばだ」
族長フェルンはそう言うと馬の腹に蹴りを入れてその場を立ち去る。
フィロウもライトに会釈してその後に続くのであった。
「はぁー、ようやく終わった……」
ライトは木剣を離すと、その場に座り込む。
「大丈夫ですか、坊ちゃん!? でも、驚きました。あんなことも例の能力でできるのですね。さすがです!」
専属メイドのアリアがライトの能力『エセ降霊術』を敢えて口にせずに言う。
「ぶっつけ本番だったけど、成功してよかったよ。これで白狼族との距離はさらに近づく事になったのかな? でも、明日がなぁ……」
ライトは安堵するのであったが、明日襲ってくるであろう反動を想像すると笑えないのであった。
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