第20話 明け方の来訪
とある日の明け方。
専属メイドのアリアがとても慌てた様子で、ライトの寝室に飛び込んできた。
「坊ちゃん! 逃げるご用意を!」
アリアは第一声でそんな不穏なことを告げると、ライトの鞄に着替えを急いで突っ込み始める。
「……どうしたの?」
ライトは寝ぼけまなこで、この一番信用しているメイドに問い質す。
「蛮族が攻めてきました!」
アリアはそう返答するとライトに着替えを渡す。
これにはまだ、寝起きで頭がうまく働かない状態のライトであったが、言われるままに、急いで着替え始めた。
そこに、執事役であるロイド・ロンド男爵が部下で庭師兼雑用役であるキリを連れてやってくる。
「ライト様、相手は蛮族、この奇襲を考えると交渉の余地はないかもしれません。ですから、いざとなったら我々が逃げ道を切り開きますので、アリアとそこから突破を」
ロイド・ロンドは真剣な表情でそう告げると、腰の剣に手をやりながら、寝室の窓のカーテンを開けて外を確認した。
二階から表を確認できるから、着替えを終えたライトもその窓に近づいて外を確認する。
すると、そこには狼の革を頭から被った者達が馬に跨り、こちらを見上げていた。
よく見ると、馬の足元には足音を立てないように何か被せてあり、さらには馬がいななかないように
「最初からこの時間を狙って来たんだ……。──ロイド、相手は準備万端だから脱出は不可能だよ。それよりも玄関を掃除して開け広げ、相手を客人として出迎える準備を。──アリア、お茶の支度をして」
ライトはすぐに周囲が囲まれて逃げることは不可能だろうと悟ると、全員にそう指示した。
「は、はい!」
ロイドはライトのその開き直りどころか客人として出迎えるという豪胆さに驚いて返事をすると、部下のキリと共に掃除に向かう。
メイドのアリアも驚いたのは一緒であったが、ライトの指示ですぐに自分の仕事に戻るのであった。
蛮族達は領主邸をアリが逃げる隙間もない数で取り囲んでいた。
すでに、囲んで十分ほど経つが、中からは反応が無い。
きっと、どうしたらいいかわからず、怯えているのだろう。
蛮族達がそう思った時であった。
玄関の扉が勢いよく開け広げられ、そこから使用人らしい男が出てくると、手にした箒で玄関を掃除し始める。
「「「?」」」
蛮族達はこの行動に首を傾げた。
そして、その男の行動に表の蛮族達はみな注目する。
使用人であるキリは黙々と表を掃除すると水を撒き、清めた。
そして、
「お待たせしました。予約の無いご訪問ということで、礼儀を欠いていますが、領主様は快くお会いになるそうです。代表の方は部下二名を連れて私のあとに付いて来てください。応接室までご案内いたします」
とキリは怯える姿を見せることなく、腹の据わった物言いで告げる。
これには、蛮族達も馬上から何か言い返そうと前に出る者もいたが、それを手で制する人物がいた。
その者は白い狼の頭部で出来た帽子を被った人物で、目元にも仮面を付け、全身は毛皮のマントに覆われている。
きっとこの蛮族のリーダーだろう。
その人物が一言、
「わかった! ──ガウ、ロウ、付いてこい」
と女の声で応じる。
これには、そのガウと呼ばれた男が、
「族長! 奴らは俺達を失礼者呼ばわりしたんですよ!? このまま押し入って血祭りにしましょう!」
と怒声を上げた。
すると、ロウと呼ばれた男が、
「ガウ。あちらは我々の失礼を咎めつつ、対等に扱ったうえで会うと言っている。玄関を掃き清めたのも、我々を客人として認め、礼儀を尽くしてのことだ。族長はその礼儀に対して応じると言っているのだぞ。そんな相手に今、全員で中に乗り込んだら、族長どころか白狼族全体の名折れだぞ?」
と同僚を咎めた。
「うっ……」
ガウはそう言われると、言葉に詰まる。
族長の女性はガウが落ち着くのを待つと、馬から降りた。
ガウとロウも続く。
三人はその様子を窺っていた使用人のあとに続くと領主邸に入っていくのであった。
応接室には五歳の少年が、身だしなみを整えて、立って族長達を出迎えた。
「ようこそ、お越しくださいました。どうぞお席へ」
少年は名前を名乗り、一礼すると席を勧める。
族長は勧められるがまま、どっかりとソファに座った。
それを確認すると少年は、
「僕はこの度この地の領主としてやってきました、ライト・F(フェイカー)・ミディアムと申します。うしろの者はロイド、メイドはアリア。そして、みなさんを出迎えたのは、庭師のキリです」
と自分と部下達の紹介もした。
「……私の名は、フェルン。白狼族の族長、フェルンだ。こちらの二人は腹心のガウとロウ、今日は朝早くから訪れて失礼した」
フェルンと名乗った白狼族の族長は、名乗ると五歳の少年、ライトに対して失礼を詫びた。
これには部下のガウとロウも止めようとするが、フェルンがそれを手で制す。
「驚きましたが、こちらから出向くところをそちらから訪問して頂き、感謝します。お手数をおかけしました」
ライトは笑顔で応じる。
もちろん、内心ではかなりビビっているのだが、そんな表情はおくびにも出さない。
さすが、前世では人気を得ていた元『エセ霊媒師』というところか?
「……なるほどな。うちの者が見所のある子供と言っていたが、確かに五歳とは思えない言葉遣いだ」
族長フェルンはライトに対する評価を本人の前でそう告げる。
「褒めて頂いたと思っておきます」
ライトは率直な物言いに苦笑して、そう答える。
「──だが、目の色に浮かぶ怯えは隠せていないな」
族長フェルンは、ライトの目から視線を外さず、場を一変させるような鋭い声色で指摘する。
その瞬間、室内に緊張が走った。
その言葉の意図するところが何を意味するのかわからなかったからだ。
メイドのアリアもその言葉に反応し、ライトを守ろうとすっと傍に近づく。
「ふむ、部下達の動きも悪くない。まあ、五歳の子供という割には度胸もある方だろう……。少し甘いが、ギリギリ合格だ」
族長フェルンの言葉にライトもホッとした表情で安堵する。
そんなライトの表情をよそに、族長フェルンはさらに続けた。
「──それで、ライト・F・ミディアム、いや、ライト・フェイカー・ランカスター第十王子。ここの地名を名乗って素性を隠し、何を企む? 返答次第では首が飛ぶから慎重に答えた方が良いぞ?」
族長フェルンは、その正体を見透してライトに脅しをかけてくるのであった。
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