第38話 弓矢勝負①

 一時間はあっという間であった。


 ライトはギリギリまで白狼族の村中を歩いて、その辺を浮遊する霊をステータス欄で確認して回っていたが、今回の勝負に勝てそうな霊を見つけることが出来なかった。


 そこへ、時間が経過したのを確認したのか、黒猿族族長コーグが、部下達と共に村内に改めて入ってくる。


 どうやら村の外で弓矢の練習でもして体を動かしていたのか汗をかいていた。


「俺はもう準備が出来ているぞ。──おい」


 族長コーグは、部下に声をかける。


 すると、部下が二メートルを優に超える大きな弓に弦を張ってコーグに渡した。


 和弓くらい大きな弓矢、こっちの世界で初めて見た……!


 ライトは、コーグの使用する弓を見て素直に驚く。


 だが、それも一瞬だ。


 ライトは、コーグが自慢げに大きな弓を受け取って近づいて来ても、ギリギリまで霊を探し続けていた。


「このガキはうろちょろして何をしているのだ? ──まあ、いい。おい、族長フェルン、的の準備は終わったのか?」


 コーグはライトがぶつぶつと独り言をつぶやきながら、空を眺めている様子に不気味さを感じながらも、気分を変えて求婚している白狼族族長フェルンに声をかける。


「的は、円を描いたものを三つ。一つは五十歩先にある普通の的。二つ目は、百五十歩先の遠い的。三つ目は、五十歩先にある岩の影に隠れた的だ。この三つの成功数で勝敗を決める。三つとも、使用できる矢は三本ずつ。お互い一本目で的を射ることができたら、その的は引き分け。あとは少ない矢で射た方の勝ちだ」


 族長フェルンは、ライトの様子を窺いながら、ルールを伝えた。


「……いいだろう。だが、このガキでは、遠い的に当てるだけの膂力はないだろうから、二つ目の的は俺の勝ちだな。わははっ!」


 族長コーグは、勝負する前から勝敗がついていることを確信するのであった。



 ライトは、そんなコーグの勝利宣言にも耳を貸さず、一人ステータス欄と睨めっこしていた。


 そして、コーグが近づいてきた時に、「あっ!」と思わず声を上げる。


 それは、ステータス欄の降霊の選択肢に新たな霊がいくつか現れたのだ。


 ・『黒猿族初代族長で、神域の矢を放つ者の霊。(現族長の守護霊)』

 ・『黒猿族四代目族長で、投槍の創始者の霊。(現族長の守護霊)』

 ・『黒猿族五代目族長で、投石の鬼と呼ばれた霊。(現族長の守護霊)』

 ・『黒猿族七代目族長で、初代の生まれ変わりと呼ばれた天才弓矢使いの霊。(現族長の守護霊)』

 ・

 ・

 ・


 といった感じで、族長コーグの守護霊がそれこそ十体以上表示される。


 ……こんなに守護霊いるなら、一人くらいこっちでもらってもいいよね?


 とライトは、そう自分に言い聞かせると、その中の一体を能力『エセ降霊術』で自分に降ろすのであった。



 ライトはゆっくりを目を開くと、五十歩先の的を見る。


 すると、どういう仕組みか、その的がとても近くに感じるではないか。


 これはいける気がする……!


 ライトは、そう確信すると、傍で心配そうにしている専属メイドのアリアと、族長の息子フィロウに笑みを浮かべた。


『ご主人様、大丈夫でしゅか?』


 頭の上に乗っている見た目はウリ坊のソルテが、能力の『読心術』越しに話しかけてきた。


「うん、大丈夫。あの的は造作もなさそうだよ」


 と独り言をつぶやくように告げた。


「ほう……。言うじゃないか、ガキ。──よし、早速始めようか! あとガキの弓矢はどうするんだ? とっとと準備しろ」


 族長コーグはライトの独り言を、自分に対する虚勢と感じたのか、その鼻っ柱を早くへし折りたくて、準備を促した。


 族長フェルンは、「ロウ!」と声をかけると、白狼族の知恵袋である戦士ロウが、奥から弓と矢が入った矢筒を持って現れ、ライトに手渡す。


 弓の大きさは、一メートル五十程。


 弓としては一般的な大きさより小さめだが、五歳のライトには十分大きな弓である。


 だが、このくらいはないと、百五十歩先の的を射ることはできないから、これが、用意できる良い弓の最低ラインの物であった。


「おいおい、そんな小さい弓では、二つ目の的に当てるのは難しいぞ?」


 コーグは、五歳の子供相手に煽るように指摘する。


 ライトは、それを無視して集中した。


「ふん。これでは勝負にならんな。──よし、先に俺が射て見本になってやろう」


 コーグはそう言うと、大きな弓に矢をつがえ、その剛力で弦を引き絞ると一つ目の五十歩先の的を力強く射抜いてみせた。


 その威力は、すさまじく的はその一矢で大きな穴が開いてしまい、代わりの的を用意することになる。


「わははっ! 加減したつもりだったんだがな! この感触なら一番難しい百五十歩先の的も大丈夫そうだ」


 コーグは余裕を見せて手応えを口にした。


 代わりの的が白狼族の者によって用意されると、ライトは静かに指示された場所に立ち深呼吸をする。


 そして、的を見た。


 やはり、的がとても近くに感じる。


 その目の前にある的に矢を射るだけ、そう思えた。


 降霊した霊の能力に、遠視があるのかもしれない。


 ライトは余裕を持って弓を構え、矢をつがえて弦をなんなく引き絞ると、それだけでコーグが軽く驚く。


 それを気にすることなくライトは矢を放つと、五十歩先の的の中心を難なく射抜き、最初の勝負は両者一矢で的を射抜いたことで引き分けになるのであった。

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