第26話 少年戦士との出会い
ライトの設計で生まれた手押しポンプは、あくまでこの村の鍛冶師の製作したものとして、世の中に出ることになった。
まずはこのライトが治めるミディアム領の領都である村の村長ゴヘイが、便利だということで購入すると村の井戸に設置した。
これにより、炊事洗濯で大変な女性達がとても喜んだ。
これまでは、紐を括りつけた桶で水を何度も汲み上げていたのだから当然である。
川から水も村に引いているのだが、それは全て田畑用であり、それを洗濯などに利用すると畑を汚すので井戸の水が使われていたのだ。
それだけに、女子供をはじめ、男達もこの画期的な手押しポンプは、とても好まれるのであった。
まずは、それを井戸に設置した村長ゴヘイが賛辞され、その後でそれを造った鍛冶師が褒められる。
だが、それだけであった。
まさか、五歳の領主ライトが設計したものだとは誰も知らないからだ。
鍛冶師はライトとの契約で設計者の名前を口外することは許されていなかったし、その設計の特許登録は当人の希望で名が伏せられていたから、商業技術ギルドも公開しておらず、他人に知られることはほぼないだろう。
それに、辺境の村の井戸の様子を気にする者はほとんどいないから、王国内に広まるには時間が必要になることは容易に想像がつく。
その代わり、この手押しポンプは村をよく訪れる白狼族に知られることになった。
あまりの便利の良さに自分達の領地の井戸に設置したいと鍛冶師に注文が続々と入っているらしい。
これにはライトも苦笑いである。
専属メイドのアリアの仕事を楽にする為に作ったものだが、自国の者にではなく少し前までは敵対していた者達に喜ばれ、売れ始めているからだ。
白狼族の者達にとって、このミディアム領にある村は他国であり、異文化技術の塊であったから、警戒してもおかしくないのだが、意外に好奇心の方が勝って色々と購入してくれる。
中には、古着屋で服を買っていく者もいるし、木靴や革靴も気に入っているようだ。
雑貨も便利なものは購入してくれるので、白狼族は言う程野蛮でもなければ残虐でもなく素朴な部族なのだと村の者達はすぐに理解できた。
「高めに金額設定した手押しポンプも、白狼族にはあまり関係ないみたいだね」
ライトはこの日も野良仕事に出ていたが、白狼族の者に挨拶を返してからそう漏らす。
「王都の評判とは全く違いますね。まあ、坊ちゃんの交渉がなければ命を狙う敵だった可能性はありますが」
傍には日傘をさした専属メイドのアリアが昼食を持参しており、ライトの言葉にそう答えた。
「そうかもしれないけど、白狼族の族長フェルンさんも怖い感じの割に、あの後は何も言ってこないから問題はなさそう。だから、僕としてはここで住むだけなら命の安全は多少確保できる相手だと思っているよ」
ライトは日焼けした顔に浮かぶ汗を首に巻いたタオルで拭きとると、安堵した様子を見せる。
そこに、馬に跨った白狼族の親子であろうか? 一人はシルエットから女性、もう一人はライトと同じくらいかそれより少し上くらいの年齢と思われる少年がこちらにやってきた。
「こんにちは! わざわざ僕への挨拶は不要ですよ!」
いつも通り、自分に挨拶に来た者達だと思ったライトは、その手間を省くように距離のある場所から手を振って挨拶をする。
だが、その親子はそれでも、こちらに馬を進めてきた。
「「?」」
ライトとアリアは目を見合わせて首を傾げるのであったが、白狼族の親子、特にその母親の方は見たことがある気がした。
だが、ライトは思い出せない。
その母親はまだ若く二十代半ばで銀髪、そして、とても美人なのは近づいてきてすぐにわかった。
鼻筋の通った黒い目の美女である。
その子供は白狼族の戦士が付ける仮面をしているから、体の大きさから年齢くらいしか推測できない。
近づいてくるとライトより年上に見える、七歳くらいであろうか?
「久しぶりだな、少年領主。今日はうちの息子を紹介しに来たぞ」
美しい顔立ちの白狼族の女性はニヤリと笑みを浮かべるとそう告げた。
その声を聞いてライトはすぐに相手が誰かわかった。
「族長さん!?」
「なんだ、気づいていなかったのか? ああ、そうか。今日は戦士の仮面を付けていないのであった」
白狼族の族長フェルンは、そう言うと自分の顔に手をやり、笑う。
「母上、この者がここの領主なのですか……!?」
一緒に居た白狼族の少年、族長フェルンの息子は驚いた様子でまじまじと仮面越しにライトを見つめる。
まあ、初めて見る者は驚いて当然だろう。
年端もいかない者が領主のうえに、自ら野良仕事をやっているのだから。
それに、その姿は汚れてもいいように麻の質素な服を着ており、その辺の農民の子供と見分けがつきづらい。
あらかじめ特徴を知っておかないと、とてもじゃないが領主自身とは思えないだろう。
「初めまして、フェルン族長の息子さん。僕はライト・F・ミディアム、この地の領主を務めている者です」
ライトは、挨拶を忘れて失礼な物言いをした族長の息子に対し、丁寧に挨拶を返す。
それで、族長の息子もハッとしたのか、馬から降りると、
「失礼した。 僕は、白狼族族長フェルンの息子、フィロウ。七歳で白狼族の戦士の証であるこの仮面を手に入れた一人前の戦士だ」
フィロウと名乗った少年は胸を張ると、ライトに挑戦的に言い放つ。
「え? はぁ……」
ライトとしては、自慢する要素があまりよくわからなかったが、多分、仮面を付けられることが戦士の証であるようだということはなんとなく理解できた。
「すまないな、少年領主。うちの息子は数日前に白狼族の一人前の戦士になれたので、誰かに自慢したくて仕方がないようだ。──フィロウ、彼は白狼族ではないからその意味がわからないのだ」
フェルンは大事な息子がかわいいのだろう、前回会った時とは打って変わって優しい声で注意する。
「そうなのですね? ──僕は一人前の戦士だから、まだ、子供のお前とは違うということさ」
フィロウはライトと自分を比較することで少し優越感を得たようだ。
「へー? でも、年齢はあまり変わらないみたいだけどなぁ」
ライトは未だ、目の前の少年戦士の凄さがわからず、そう答えた。
「! 一人前の戦士に年齢は関係ない! まだ、ひよっこのお前に同等扱いされたくないな!」
フィロウはライトの返事にムッとして、そう答える。
「ここはミディアム領だからね。未成年は未成年さ。だから君が僕と同じ子供であることに変わりはないよ」
ライトは自分と年齢がほとんど変わらないのに、ムキになるフィロウがおかしかったのか、つい言い負かしたくなって、そんな意地悪を言ってしまう。
「はははっ! 少年領主よ。私の息子は白狼族の戦士の儀式で正式に一人前の戦士と認められている。それを侮るのは礼儀を欠くというものだ。だが、ここはお主の言う通り、そちらの領地だから、その事には触れまい。──そうだ、お遊び程度に腕自慢でも試して遊んでくれるか? それでうちの息子の言うことも理解できるだろう」
族長フェルンは良い理由が出来たとばかりに、ライトを試すような言い掛かりをする。
「え? 僕は、木剣くらいしか握ったことがないのですよ!?」
「同じ子供なのだろう? うちの子には手加減させるから安心しろ。子供同士のお遊びだしな」
族長フェルンは楽しそうに断れない状況を作り始めた。
「ちょっと、待ちなさい。うちの坊ちゃんは今は農業ばかりしているけど、腕力よりも頭で勝負する人なんですよ!」
メイドのアリアが慌てて言い募る。
「……ちょっと時間を貰っていいですか?」
ライトは断るつもりでいたが、相手が族長の息子であることを鑑みると、ここであちらの出鼻を挫いておくと、後々自分に有利に働くのではないかと頭の中で計算した。
そこで、誰にも見えない自分のステータスを開き、『エセ降霊術』で降ろせる霊の一覧を素早く確認する。
「……わかりました。──いいですよ。木剣での先取り一本勝負でいいなら受けます」
ライトは勝てる見込みが十分あると計算して、この親子の挑発に乗ることにするのであった。
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