02.マジカル・テイキケンシン

 誕生日の翌日、つまり七月二十日には必ずやらなければいけないことがある。それは単純に「定期健診」と呼ばれるが、一般人が受診するそれとはいくつか異なる点もある。これは私の健康状態を確かめるだけでなく、魔法少女としての能力に経年劣化が生じていないかを調べるという目的もある。どちらかというと私たちは兵士というよりは兵器に近い。製造し、消費し、また次が補充される。そもそもこの日本で育った健全な十代の少女を完璧な兵士にすることなんてできるはずもない。だからこういう扱いに不満があるわけではない。不満があるわけではないのだけど、どうにもめんどくさい。それがこの定期健診だ。今日一日は丸々これで潰れるだろう。

 まずは普通にメディカルチェックから始まる。採血、採尿、CTスキャンやレントゲン検査まであらゆる検査をさせられる。これだけでもうかなりの疲労を感じる。まだ若いんだしもっと適当でいいよと毎回思うけど、その願いが聞き入れられたことはない。一通り終わったころにはもう正午過ぎになっていた。一度昼食のための休憩が挟まれ、ひと時の自由が与えられる。

 私が食堂で一人塩ラーメンをすすっていると、トレイにおにぎりとみそ汁を乗せた理沙がやってきて私の向かいに座った。


「お疲れ様です」


「お疲れ。今日非番?」


「一応待機中です。今日は来なさそうですけどね」


「いっそ来てくれたら健診さぼれるのに」


「そういうこと言ってるとほんとに来ちゃいますよ」


 そう言って彼女はおにぎりを頬張る。その姿からはどこかリスとかハムスターとか、そういう系統の雰囲気を感じる。


「お昼それだけ?」


「昨日だいぶ食べたんで」


「あ、そっか。忘れてた」


「五月先輩が悪いんですよ。自分が食べない分までどんどん買っちゃうんですから」


「まあ、そういう奴だから。あいつは」


「そういえば先輩たちって同期なんですよね。最初からあんな感じだったんですか、あの人」


「うん。ずっとあんな感じ」


「なんか、ある意味すごいですね」


「あいつはすごいよ」


 そう言ってから自分の言葉にはっとする。これは誤解を招く表現かもしれない。いや、誤解というほどではない、か。吐き出してしまった言葉の代わりにスープを一口すする。マイルドな旨みと塩の風味が口の中にじわりと広がる。やっぱりこの食堂のご飯はおいしい。おかげで外食をするためにいちいち外出許可をとらなくて済む。


「あ、そういえば」


「?」


「理沙は誕生日いつなの?」


「私、二月三日なんです」


「じゃあ来年か」


 来年。来年も私はここに居られるのだろうか。多くの魔法少女は二十歳になる前に引退して、試験勉強とか就活とかを始める。私の同期たちの中でもすでに動き始めている連中はいるだろう。なんなら今日の検査の結果が芳しくなければ、その場でクビを宣告されてもおかしくはない。


「その時はよろしくお願いしますね」


 理沙の無邪気な笑顔を見ていると、それでもまあいいかと思えてくる。この子は優秀だ。私たちがいなくなっても充分やっていける。そう、私がだらだらと魔法少女を続ける合理的な理由は、実は一つも存在しないのだ。それでも、もう少しだけ。そのためにはまず午後の検査を受けないといけない。スープを飲み干して、私は理沙と別れた。




「瀬戸さんも十九かぁ、時の流れは速いわね」


「それ、皆言いますね」


 カルテを見ながらしみじみと言うのは、ここ広島支部で魔法少女の調整を任されている新田さんだ。白衣に不釣り合いな手入れされた綺麗な茶髪が今日も輝いている。


「体調面は特に問題なさそうね。さっそく技能測定しましょうか」


 新田さんがそう言うと奥の部屋のロックが解除される。重い扉を開けて中に入ると殺風景なシェルターが広がっている。


『じゃあとりあえず、トレーニングBね』


「はい」


 天井から聞こえてくる新田さんの声に返事をして、少し呼吸を整える。右手の薬指にはめたリングに意識を集中させ、静かに、だけどはっきりとそれを唱える。


変身ドレスアップ


 リングから眩い光が溢れ体を包み込んでいく。何十何百と経験したこの感覚に少し安心する。とりあえず体感でわかるほどの違和感はない。十九歳になったからといって急に何かが変わるわけではないらしい。十秒ほどで装衣が形成され見慣れたいつもの格好になる。黒いコートに水色のライン、魔法少女セブンスのトレードマークだ。

 シェルターの壁面には赤い的が表示されている。これを撃ち抜くことで魔法の精度や威力の測定をする。今年はなるべく丁寧にやろう。指先を的に向け、集中する。


基本ベース術式コード魔弾バレット


 放たれた光弾は正確に的の中心を撃ち抜く。それを皮切りに次から次へと新たな的が現れ、さらにそれらを撃ち抜いていく。十分ほど経った頃、再び新田さんの声が聞こえた。


『OK、問題なさそうね。それじゃ次、トレーニングE』


 この調子ですべての術式コードの動作確認を行わなければならない。正直言って精神的な疲労は現場で戦闘をするよりも大きい。だけどこれも今回で最後なんだと思えば、なんだか変な郷愁じみたものをうっすら感じてしまう。魔法少女として培ってきたものはあと一年で跡形もなく消える。そのあと、私には何が残ってるんだろうか。今はまだその答えはわからない。


『じゃあ次、トレーニングG2開始。頑張ってね』

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