09.マジカル・テイレイカイギ

『えー、じゃあ全員揃ったみたいなので、定例会を始めたいと思います』


『はーい』


『お願いしまーす』


 画面の向こうでぬるっと始まろうとしているのは、全国の魔法少女が集まるオンライン定例会議だ。といってもその実態はさほど堅苦しいものではない。月に一度、各支部の代表者が集まって近況報告を兼ねた雑談をするというだけのものだ。近頃はずっと理沙に出てもらっていたのだが、例の企画の資料まとめを丸投げしてしまっているので、このくらいのことは私がやろうと久々に出席した次第である。ちなみに五月は二回しかこの集まりに出た事がない。前とは集まっているメンバーの顔触れも若干変わっており、どうにも見覚えがない子もいる。


『では次、大阪支部の報告お願いします』


『はい、出撃は全部で三回。内訳は——』


 進行役は本部の子がするという決まりになっている。今日の進行役は魔法少女ブルーナこと青島美月だ。確か理沙の同期で十七歳。直接会ったことはないが、本部配属になるくらいだしかなりの実力者なんだろう。しっかりとした物言いや、きっちり整えられたショートヘアから、彼女の生真面目さがうかがえる。


『次は……今日は理沙じゃないんですね』


「え、ああ、見学会の準備とかで忙しそうだから、私が代わりに」


『そうですか。……では広島支部、報告お願いします』


「あ、はい。出撃は二回、深度二と深度六です。後者の訪問者ビジターが迎撃タイプでした」


『……それだけですか?』


「え? そうだけど……」


 なんだか妙な沈黙が流れる。しばらくでない間に何か新たな報告事項が追加されたのだろうか。特に理沙からは何も聞いてないし、理沙がそんな初歩的なミスをするとも思えないが。


『……不確定な情報ではありますが、広島市内でセブンスの姿を見たという報告が多数確認されています。ですが本部のデータベースではそのような記録は確認できませんでした。これはあなたが魔法を私的な目的で使用したことを示唆しているのでは?』


「え!? いや、そんなことは——」


 そう言いかけて、ハッとした。もしかしてあれのことか。言葉を詰まらせる私に青島美月がさらに問いかける。


『一体どういうことですか? セブンス、あなたほどの人がまさか——』


「ああ、その、ちょっと誤解があるというか、いやまあ、こっちの不手際ではあるんだけど……」


『誤解……? ちゃんと説明してください』


「その、二回目の出撃の時、私は非番で街にいたんだけど、その場で変身して現場に向かったから、おそらくそれを見られたんだと」


『ですが本部のデータベースにはあなたの出撃記録はありません』


「その……まだ申請してません」


 画面の向こうからため息が聞こえてくる。なんというか、年下にこういう反応をされるのは結構精神的に来るものがある。せめてこの醜態を理沙に知られなかっただけ良しとするか。


『……では会議が終わり次第、可能な限り早く手続きを済ませてください』


「はい、すみません……」


『……では次、長崎支部の報告お願いします』


『はい、出撃回数は——』


 今回は完全に私の落ち度だから特に不満はないけれど、それでももっと自由に動けたら、と思うことがないわけではない。だが魔法少女に様々な制約が課せられているのは、それだけ魔法が危険で扱いに注意が必要なものだからだ。私自身、魔法を使うことにもう何の抵抗も感じなくなっているけど、未だにその仕組みは理解できないままだ。人類はすでにこの得体の知れないものと運命を共にする道を歩み始めている。


 各支部からの報告も終わり、私が会議を抜け出すタイミングを探っていると、例の見覚えのない顔の子が発言する。


『あの、瀬戸さんに聞きたいことがあるんですけど、いいですか……?』


「え、私? いや、まあ、いいけど、えーと……」


『私、宮城支部の鶴見恭子です。瀬戸さんとお話しすることがあったら聞こうと思ってたんですけど、その、魔法少女としての心構えというか、瀬戸さんにとっての魔法少女ってどんなものなのかなぁって、そういうのお聞きしても大丈夫ですか……?』


「え、そうだなぁ……心構え……」


 四年前、支部長の問いに自分がなんと答えたかはまだ思い出せない。とりあえずは今の自分の考えを話すしかない。しかし随分とスケールの大きいことを聞かれているように思える。新人の頃はそういうことを考えるものなのだろうか。でも理沙にはこういうこと聞かれたことないな。私がぼんやり考えている間も鶴見さんは期待にあふれた目で画面越しに見つめてくる。


「まあ、あれかな。とにかく勝つ。それだけ」


『え、とにかく勝つ……ですか?』


 鶴見さんは私の投げやりな答えにも目を見開いて驚いている。


「そう、勝てればいいの。体裁とか見栄えとかは気にしない。ただ勝つことだけ考える」


『……それは星野さんのやり方は間違っている、ということですか』


 不意に口をはさんだのは青島美月だ。どうもまたいらぬ誤解を招いてしまったらしい。私、この子に嫌われてるんだろうか。


「間違ってるとは言わないけど、マネしない方がいいよ、あれは。多分、あいつにしかできないから」


『……まあ、そうかもしれませんね』


 私と五月は魔法少女としては華がない方だろう。世間が抱くキラキラした魔法少女のイメージとはかけ離れている。別にそれ自体に不満はない。そういったイメージはあいつが自分の努力と才能で築き上げたものだ。だからこそ私たちは魔法少女が本来の目的を忘れてしまわないよう、ただ勝つためにあり続ける。それでいいんだ。


「……じゃあ、そういうわけで私はそろそろ」


『手続きの件、お忘れなく』


「はい……」


 やっぱり次からはまた理沙に任せよう。そう心に決めて席を立った。

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