10.マジカル・オシエテセブンス

「はあ……緊張してきた」


「瀬戸はこういうの苦手だもんなぁ」


「大丈夫ですよ、先輩は台本通りやってくれればいいんです。あとは私が何とかします」


 ああ、今日ほど理沙のことが頼もしく見えた日はない。もし五月と二人きりだったら卒倒している自信がある。


「じゃあそろそろ行きましょう!」


 ここまで来たらもう覚悟を決めるしかない。リングを握りしめ、意識を集中させる。


変身ドレスアップ……」

変身ドレスアップ

変身ドレスアップ!」


 私たちが部屋に入ると同時に一斉に拍手が沸き起こる。その音だけでもう気おされそうになってしまうが、どうにか舞台上のスクリーンの脇まで移動する。部屋はほぼ満員状態だ。学生風の若い女性からおじさんまで様々な人がいる。三人でその観衆に一礼した後、トライが明るい声で話し始める。


「皆さんこんにちは! 今日は特別企画・魔法少女教室にお越しいただきありがとうございます。司会進行は私トライ、特別講師としてセブンスとメイの二人に来てもらいました!」


「はーい、よろしくー」


「よ、よろしくお願いします」


「ちなみにもう一人の私がいつでも出撃できるよう待機しているので、その点もご安心ください。さて、それではさっそく授業の方を始めていただきたいと思います。最初はセブンス先生による魔法少女の歴史の授業です!」


 トライの呼びかけと同時に観衆の視線が一気にこちらに向く。やっぱりこういうのは苦手だ。しかし発案者は他でもない私なんだから逃げ出すわけにはいかない。手元の台本に目を落とし、それを読み上げる。


「えっと、それでは授業を始めていきたいと思います。今日皆さんに紹介するのは歴代の魔法少女たちについてです。えー、偉大な先輩たちについてここでしか聞けないマル秘情報も交えながら、皆さんと一緒に学んでいけたらなと思っています」


 私がそう言ったところでトライが端末を操作して、スクリーンに資料が映し出される。軍服のような服装をした凛々しい少女の画像だ。それを見た観衆の一部からは軽いどよめきが起こっている。それもそのはず、この画像は理沙がここの資料室で見つけたもので一般には公開されていない。彼女は最初期の魔法少女だったこともあって、こういった資料自体がかなり貴重なのだ。


「まず最初に紹介するのは、魔法少女二号のバレットです。まだ魔法少女がいなかった当時の日本で、迫りくる危機から人々を守るために十六歳で魔法少女になりました。彼女は基本術式ベースコードと呼ばれる普遍性の高い魔法をいくつも開発し、魔法少女の戦闘の基礎を創り上げました」


「せんせー、質問でーす」


 声が聞こえてきたのは観衆の方からではなく、私のすぐ左隣だ。もちろんそんなやり取りは台本にはない。右手を挙げたままこちらを見つめるメイを睨み返しつつ応える。


「……なに?」


「ベースコードって何ですかー? もっと詳しく知りたいでーす」


「さすがのあんたでもそのくらい知ってるでしょ。というか知っててくれないと困る」


「いやー知らないなー、お客さんも同じ気分だと思うなー」


「あんたねぇ、そういうことは台本作る段階で言えっての。こちとら——」


「あの、先輩」


 トライに諭されハッとする。幸い来場者たちはこれもそういう演出の一つだと思ってくれているらしく、観衆からは和やかな笑いが聞こえる。こうなってはしょうがない、とりあえず持ち合わせている知識をなるべくわかりやすく説明することにする。


「あー、その、基本術式ベースコードっていうのは、魔法少女の扱う魔法で誰でも同じように再現できるものです。例えば私は外海ダイブ、メイは浸透レインという魔法を使えますが、これらの魔法はその当人しか使えません。それに対してこの基本術式ベースコードは修練次第ですべての魔法少女が使うことができます。バレットがこれを開発したことにより、それまでは各々が手探りで戦っていた魔法少女の間で、魔法や戦術の共有ができるようになりました。さらに同じ魔法の威力や精度を比較することで、魔法少女の能力をそれぞれ評価できるようにもなりました。これが後の魔法少女候補生というシステムにも繋がっていくことになります」


「いやー、さすがセブンス。そういうことにはやたら詳しいねぇ」


 ニヨニヨしながら拍手するメイはまったく悪びれているようには見えない。しかし今ので少し緊張がほぐれたようにも思える。まあ真相はさだかではないが、メイなりの気遣いだと受け取っておくことにした。


「バレットは現役引退後もずっと魔法少女たちを支え続けてきました。現在は魔法技術局作戦司令部の総司令官として、襲い来る脅威と戦い続けています」


「へぇー、司令って元魔法少女だったんだ。確かに言われてみればそんな感じがするねぇ」


「え、あんた知らなかったの? というか台本に書いてあるでしょ。ちゃんと全部読んどけとあれほど——」


「あー、それでは次の魔法少女を紹介していきたいと思います!」




 結果としてこの企画自体はうまくいったが、メイが話を脱線させまくったせいでタイムスケジュールがずれ、後半に予定していたメイによる魔法少女の日常の紹介は割愛されることになった。つまりは最初からそれが狙いだったのだ。私が必死こいて同意書を用意したのはまったくの無駄だったというわけである。

 とりあえず腹いせに次の定例会議は五月に出席させることにした。どのような波乱が起こるかまったく予想できないが、五月の心底めんどくさそうな顔が見れただけでも良しとすることにした。

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