04.マジカル・キカクカイギ

 理沙の言っていた通り、ここ広島支部でも民間人を対象にした見学会が開催されることが正式に発表された。開催は八月三十日、約一か月後だ。あくまで数百人程度の小規模なものにするそうだが、急な発表だったことも相まってすでに予約が殺到しているらしい。当然私たちにも何かさせようということで上から声かけがあったので、私は徹夜して作った企画書を支部長に叩きつけ、晴れてその企画が採用されることになった。


「どうせなら歌いたかったなぁ」


「却下、絶対却下」


「でもこれも楽しそうじゃないですか? 魔法少女から直接授業を受けられるなんて、世界初ですよ」


 私が企画したのは「魔法少女教室」。現役魔法少女が来場者たちに、魔法少女の歴史や日常を講義形式で教えるというイベントだ。人前でしゃべるのはあまり得意ではないが、アイドルのまねごとをさせられるよりは遥かにマシだ。


「授業とか教室とかそういうのは無理なんだよぉ。もう二人に任せたわ」


「まあそこはこっちも期待してないから。あんたは書かれたもの読んでればいいよ」


「で、具体的に何を教えるんですか?」


「まずは魔法少女の歴史と成り立ちから。これは今から調べてまとめないといけないけど、一月もあればどうにか——」


「あ、それなら私だいたいわかります」


「え、そうなの?」


「おー、さすが理沙。圧倒的後輩力だねぇ」


「というかお二人はどのくらい知ってるんですか?」


「私はさっぱり」


「えーと、なんとなく……かな。生まれる前のことはさすがによくわかんない」


「じゃあいい機会ですし説明しますね」


 よくできた後輩だとは思っていたが、まさかこうして教えを乞う日が来るとは思わなかった。それにしてもいつにも増して理沙は張り切っているように見える。魔法少女に憧れていたとは聞いたが、相当気合の入った憧れ方をしていたらしい。理沙と会ってから二年以上経っているが、こういう一面があることは知らなかった。


「まずすべての始まりは三十二年前。山梨県の山奥である林業従事者の男性が、明らかに人間とは異なる知的生命体と接触したことで、魔法少女の歴史は幕を開けます。後に訪問者ビジターと呼ばれる彼らは、自分たちが異世界からやって来た存在であること、そしてこの世界に迫りつつある危機について人類に警告します」


「あれ、訪問者ビジターって敵じゃないの? 後で仲たがいするとか?」


「ああ、訪問者ビジターっていうのは異世界からやって来た存在の総称なんです。厳密に言えばこの時接触した彼らは提供者プロバイダーと呼ばれています」


 提供者プロバイダー。その言葉には私も聞き覚えがある。最初に現れた訪問者ビジターであり、人類に魔法を与えた存在。そういう風に記憶している。


「彼らは非常に高度な技術を持っており、それを狙う連中からしつこく付け回されていました。やがて諍いは戦争へと発展しますが、数で劣る彼らは戦いに敗れ、戦火を逃れるために新天地を求めて異世界へと旅立ちます」


「その異世界が日本だったってわけか。迷惑な話だよ」


「でも提供者プロバイダーのおかげで魔法少女が誕生したんですから、悪いことばかりではないですよ」


「それなんだけどさぁ、なんで提供者プロバイダーは自分らで戦おうとしないのさ。今来てる訪問者ビジターは全部あいつらが連れてきたようなもんでしょ?」


「それが提供者プロバイダーとの契約。この世界では彼らは本来の姿と力を維持できない。だからこのリングと術式コードを提供してもらう代わりに、私たちが彼らの安全を保障する。それが訪問者ビジターに対抗する唯一の手段でもある」


「さすが先輩、その辺はしっかり押さえてますね」


 言ってしまえば人類は用心棒として利用されている状況なわけだ。だけど訪問者ビジターが人類にとっても大きな脅威である以上、選択の余地はない。


「しかしそんな話聞いてて楽しいかね」


「別にいいでしょ。魔法少女の仕事は人を楽しませることじゃないし」


「あの、だったら歴代の魔法少女を紹介するっていうのはどうですかね。ここなら色んな未公開情報が眠ってそうですし」


「え、それ大丈夫なの? 個人情報保護とか」


「さすがにプライバシーは守りますし、ちゃんと上にも確認取りますよ。結局皆が興味あるのは魔法少女ですからね、きっと受けますよこれは……!」


 どうやら理沙の中で何かしらのスイッチが入ってしまったみたいだ。まあ案としては悪くないと思うし、とりあえずはそれで行ってみるか。


「歴代の魔法少女ねぇ、どのくらいいるの?」


「今現役の魔法少女が五十五人ですから……ほら、これ見れば一発です」


 そう言って理沙はスマホを取り出し画面を見せる。映し出されているのは全体的にピンクの主張が激しいウェブサイトだ。


「なにこれ」


「まぎペディアってサイトです。非公式のファンサイトではあるんですけど、現在公開されてる魔法少女の情報が網羅されてます。総勢ってことだと三百人くらいいるみたいですね」


「へぇー、そんなにいるんだ」


「え、これって私たちの情報とかも載ってるの?」


「もちろんですよ。セブンスのページは……っと」


「いや、いい。見なくていい」


「えー、気になりませんか?」


「お、私も気になるなぁ。瀬戸の情報」


「いや、いいってほんと。なんか変な事書いてあったらやだし」


「まあ確かにエゴサとかするタイプじゃなさそうですよね、先輩は」


「ふーん、まあいいや。後で見よっと」


「あんたは見るな」


 ひとまず魔法少女の歴史については理沙が資料をまとめてくれるということで話がついた。次に問題になるのは魔法少女の日常だ。


「日常って企画書には書いたけど、私たちの日常ってここで待機してることがほとんどなんだよね。約一名を除いて」


「そういえば五月先輩って普段どこをほっつき歩いてるんですか?」


「んー、昼寝かトレーニングかゲームか散歩か……外に出てる時はラーメンかスイーツだな」


「あんまり外部の人に紹介できる感じではないですね……」


「でもトレーニングのとこだけなら使えるかもしれない。ちょっと新田さんにも相談してみる」


 見学会まであと一か月。理由はどうあれ自分で言い出したことだ。やるからにはちゃんと成功させたい。だが結局その日はそれ以上議論が進展することはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る