05.マジカル・コウカンジョウケン

「あら、いらっしゃい。部屋、空いてるわよ」


「あの、実はちょっと新田さんに相談したいことがあって……」


 新田さんは今日もばっちり決まっている。ちょっと驚いたような顔をして、そばにあった椅子を引き寄せ私に腰を落ち着けるよう促す。椅子に座った私はいらぬ誤解を招かないよう単刀直入に切り出した。


「今度の見学会で私たちのトレーニング中の映像を使いたいんですけど、大丈夫ですかね?」


「トレーニングの映像? 確かに記録してあるけど、ちょっとあれ扱いがめんどくさいのよ。待ってね、今規約確認するから」


 そう言って新田さんは手元の端末を操作し始める。私たちの扱う魔法については、意外にも特に情報が秘匿されるようなことはない。調べたところで、まだ人類の科学力では解明できないことが多すぎるのだ。魔法の仕組みを知っているのは、それを人類に与えた提供者プロバイダーだけだ。こういった内部情報が慎重に扱われるのは、秘密保持というより私たち魔法少女のプライバシー保護の意味合いの方が強い。


「あー、あったあった。えーと、情報の取り扱い……責任者の許可、もしくは……本人の同意……はいはい、なるほどね」


「使えそうですか?」


「施設内で見学会の来場者に見せる分には問題なさそうよ。ただ、支部長の許可と本人の同意書がいるみたい」


「同意書? そんなのがあるんですか」


「今時手書きの書類なんてナンセンスよね。まあでもルールだから。多分事務課に行けばもらえると思うわ。支部長も今日は支部長室にいるはずよ」


 何やら思いがけない手間が増えてしまったが、映像が使えるだけありがたいと納得しておこう。できるなら非番の今日の内に手続きは済ませてしまいたい。新田さんにお礼を言ってさっそく事務課に行くことにした。




 なんとか支部長室にたどり着く頃には夕方になっていた。同意書を貰ったはいいものの、肝心の五月が見つからない。おまけに理沙は十八歳以下だから保護者からの同意も必要だとかで、とにかく時間がかかった。やや不安を感じながらも部屋のドアをノックすると、幸いにもすぐに返事が返ってきた。中に入って軽く一礼する。


「失礼します」


「おや、瀬戸君ですか。見学会の件で何かありましたか?」


 相変わらず支部長は勘が良い。いつも物腰は柔らかいけど、その言葉には物事を見透かす鋭さがある。


「私たちのトレーニング中の映像を例の企画で使いたいんですけど、支部長の許可が必要らしいので」


「おや、わざわざ申し訳ありませんね」


「ここにサインお願いします」


 そう言ってデスクに同意書を差し出す。支部長はそれを手に取りしばらく眺めていたが、ペンを取り出すわけでもなく不意に口を開いた。


「瀬戸君、面接官をやってみませんか?」


「……は?」


 思わず漏れたしまった言葉にも、支部長は特に気に留めた様子はない。


「君も昔やった採用面接です。広島支部でも新たに二人、新人を採用しようと思っているのですが、今回は君にも面接に加わってほしいんです」


「いや、そんな急に言われても……そもそもなんで私なんですか」


「瀬戸君がとても優秀な魔法少女だからです。君が直々に選んだ人材なら私も安心して仕事を任せられます」


「で、でも理沙は支部長が選んだんですよね? 理沙は私以上に優秀だし、わざわざ私が面接なんかしなくても……」


「我々は失敗できないんです」


 支部長はあくまで穏やかな口調を崩さない。だがその瞳から感じる迫力は、支部長が本気で提案しているのだということを物語っている。支部長は静かに諭すように言葉を続ける。


「来年には瀬戸君も水谷君もここを去ってしまいます。確かに三上君は優秀ですが、広島支部の管轄である中四国エリアを一人でカバーするのは難しい。ですから新人たちにはなるべく早く一人前になってもらわないと困ります。そのために瀬戸君の力を貸してほしいんです。どうかお願いします」


 支部長は深々と頭を下げる。お願いをしに来たのは私のはずなのに、なぜか立場が逆転してしまっている。いったいどうしたものだろうか。でもこんな風に頼まれたらさすがに断りづらい。


「……わかりました。私にできるかはわかりませんけど、どうにかやってみます」


 顔を上げた支部長がにっこりとほほ笑む。


「瀬戸君ならそう言ってくれると思っていました。日程が決まったら連絡します。さて、サインでしたね。……はい、どうぞ」


「あ、はい」


 なんだか色々と思いがけない方向に物事が進みつつある。見学会だけでも考えることがいっぱいあるのに、面接官なんて私に務まるんだろうか。正直まったく自信はないが、支部長がそう言うのだから騙されたつもりでやってみるしかない。

 それにしても新人、か。ふと理沙と初めて会った時のことが思い返される。明るい感じの子だったから少し身構えていたが、そんな私にも理沙は敬意をもって接してくれた。今では誰に自慢しても恥ずかしくない、私のかわいい後輩だ。今度はその理沙の後輩を私が選ぶことになる。そういう意味でも責任重大だ。しかし面接を受ける側のコツはいくらでも転がっているだろうが、面接をする側はどうしたらいいんだろう。今度の非番の日に久々に本屋にでも行ってみるか。ビジネス書の内容が魔法少女にも応用できるかはいささか疑問ではあるけれど。

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