33.マジカル・エイティーン
時の流れは速いもので随分先の話だと思っていたこともいつの間にか訪れてしまう。私の魔法少女最後の一年もすでに半年が過ぎ去り、引退もいよいよ現実味を帯びてくる。聞いた話では大阪支部のアカツキも先日誕生日を迎え十九歳になったらしい。そして今日は二月三日。つまり——
「理沙、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます。……なんかちょっと緊張しますね、私が主役だなんて」
「いやぁ、でもこれで理沙も十八かぁ。時の流れは速いねえ」
「そういうあんたは五月には引退でしょ。どうすんの? まさか本当にラーメン屋にでもなるつもり?」
「それもいいけど、やっぱどうせなら夢があった方がいいよねぇ。いっそ配信者になってゲーム実況とかやろうかなぁ」
「え? ラーメンに対する情熱薄くない?」
「ん、もしかして瀬戸、一緒にラーメン屋やりたかった?」
「……別にそういうわけじゃないけど」
「その、ラーメン屋を目指してるってことは、五月先輩ってお料理とかよくされるんですか……?」
「いや? 全然」
「え……あ……そうなんですね……。私てっきり……」
「美空ちゃん、この人は本当に適当な人だからあんまり真面目に受け止めない方がいいよ」
「おー、理沙も言うようになったねぇ。先輩は嬉しいよ」
「料理ができずともラーメン屋を目指す圧倒的なチャレンジ精神……! さすが先輩です……!」
「ただ無謀なだけだと思うけどね」
私の誕生日の時よりさらに二人後輩が増えて、ここも随分とにぎやかになった。調子に乗った五月が新人たちに武勇伝という名の失敗談をしている間に、ふと思い出したことがあったので理沙に尋ねてみる。
「そういえば実家に戻った時、青島美月に会ったんだけど」
「美月に? ってことは本部に行ったんですか?」
「あーいや、そういうわけじゃないんだけど、街で偶然会って……。もしかしたら私、あの子にあんまり良く思われてないんじゃないかって気がして……」
「ええ? そんなことないと思いますよ? むしろ先輩として尊敬してるんじゃないですかね」
「尊敬……。あんまりそんな風には見えなかったけどなぁ」
「ていうかそもそも、セブンスを尊敬してない魔法少女なんていませんよ。最多出撃記録保持者で、今は三人しかいない現役五年目の内の一人なんですから」
「現役五年目ならそこにもいるじゃん」
「もちろん五月先輩のことだって尊敬してますよ、一応。というか常々思ってたんですけど、はっきり言って広島支部は異常なんですよ。この広さの管轄エリアなら中堅の魔法少女五人くらいで担当するのが普通ですけど、私が来るまではここは現役トップクラスとはいえ二人だけで担当してたわけですから。まあ支部長からすれば、採用した子たちがたまたますごい才能を持っていたってことなんでしょうけど」
「確かにあいつと二人きりの時は大変だったよ……。理沙が来てくれて本当に良かった」
「……実は私、本部配属の内定貰ってたんです。でもやっぱりセブンスと同じ場所で働きたくて、こっちに来ることにしたんです」
「ええ!? そうだったの?」
「美月は私も本部に行くことになると思ってたみたいで……。といっても定例会議で毎月顔を合わせてはいるんですけどね」
首都防衛の役割を担う本部は多くの魔法少女たちの憧れだ。理沙のようにわざわざ地方への配属を希望する魔法少女はかなりの少数派だろう。とはいえ実家へ帰らない口実が欲しかった私も、その少数派の一人なのだが。
「そうだ、せっかくだし瀬戸の伝説も聞かせてやろう」
「伝説!? ぜひ聞きたいです!」
「あんたらまだやってたの? というか伝説は大袈裟だって……」
だが五月は私にかまうことなく、大仰な身振りを交えながら話し続ける。
「あれは今から二年前のある夏の日、平和な広島支部に一つの連絡が入って来た。なんと、北海道第一支部から全国の魔法少女たちに救援要請が出されたのである! しかしここ広島からでは到底間に合わない。誰もがそう考えたその時、ただ一人立ち上がったのが我らがセブンスであった……。なんとセブンスは単身北海道へと赴き、仙台支部から出撃した魔法少女よりも早く現場に着いたのであった……!」
「これが世に言うセブンスショックですね。私もよく覚えてます」
「さすがです先輩! かっこよすぎます!」
「いや、だから大袈裟だって……」
あれは別に正義感とか使命感に突き動かされた結果というわけではない。ただ
「あー、なんかしゃべったらお腹空いてきた」
「じゃあそろそろケーキ食べましょうか」
「あ……じゃあ私、用意しますね……」
そう言って間宮さんは冷蔵庫から白い箱を取り出す。今回は理沙の希望によって後輩たちにフルーツケーキをホールで買ってきてもらった。だがケーキを切り分けようとした間宮さんの手が止まる。
「これ……五人ですけど、どう分けましょうか……?」
「じゃあ六等分して一個はじゃんけんね」
「私、一個でいいですよ」
「私も」
「あ、その……私も一個で」
ただ一人、九条さんは沈黙を保ったままだ。五月はそれを見てにやりと笑う。二人はゆっくりと立ち上がり、お互いに向き合う。そして次の瞬間、その静寂は破られる。だが響き渡ったのは二人の掛け声ではなく、けたたましいサイレンの音だった。
『深度八のウェーブを確認、ここから南東に二キロ、すぐそこだ! 待機中の魔法少女は直ちに出撃せよ!』
深度八。その言葉の意味を即座には理解できなかった。そんなのは今まで一度も聞いたことはない。いや、この三十二年間で八以上の深度が確認されたのはわずか数回。しかもまだ初代の魔法少女たちが活躍していた時代の話だ。どれ程の敵が現れるのか、その強さは未知数だ。この瞬間の私たちの判断によって、未来は大きく変わってしまうかもしれない。
だが存外に早くその答えは出た。私が何をすべきなのか、今ようやくわかった気がした。
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