27.マジカル・ネンマツキュウカ

 私が広島支部に帰ることができたのは訪問者ビジターとの戦闘から五日経ってからだった。やっぱり私は穏やかな海に囲まれたこの場所の方が居心地がいい。


「お疲れさまでした、瀬戸君。先ほど大阪の支部長からも連絡がありました。とても感謝していましたよ」


「いえ……遅くなってすみません」


「いいんですよ。そもそもしばらくは大阪で安静にしてほしいと言い始めたのは私ですから」


 支部長はそう言ってにこやかに笑う。のんきなように見えて、この人はいつだって私たちのことを考えてくれてる。だからこそ私たちも余計なことを考えずに任務に集中できるのだ。と言っても、最近はいろいろと考えてしまうことも多いが。


「ところで瀬戸君。今年は君たちにも年末休暇を取らせてあげられそうなんです」


「ああ、やっぱりそうですよね。大丈夫ですよ、私はここに残るんで理沙を休ませてあげてください」


「ふむ……その件についてなんですがね、今年は瀬戸君に休暇をあげようと思うんです」


「……え? いや、え!? なんで私? ……なんですか」


 それはつまり、私はもうお払い箱だということなのだろうか。いや、まさか支部長に限ってそんなことは……。色んな思考が入り混じってうまくまとまらない。そんな私をしり目に支部長はいつもと同じ調子で告げる。


「瀬戸君。君、働きすぎです」




「って言われたんですけど」


「まあ支部長の言いたいこともわかるわ。新人たちの付き添いで最近は毎回出撃してるし、さらに今回の救援要請もある。普通の魔法少女ならそろそろどこかにガタが来ててもおかしくない。あなただからどうにかなってるってだけなのよ」


「いや、別にそんなに忙しくしているつもりはないんですけど……」


「あのねぇ、あなた自分の出撃回数がどのくらいかわかってる? 現時点でも公的記録に残ってる限りで最多、このまま引退まで続ければバレットを抜いて歴代最多になる可能性まであるのよ? はっきり言って忙しいとかそういう次元じゃないわ」


「それはまあ、そうですけど……」


 新田さんも基本的には支部長と同意見であるらしかった。こういう具体的な理由を出されると私も反論しづらい。しかし望んでいない人間に休暇を与えるというのはやはり納得できないところがある。どうにかならないものだろうか。


「……これはあなたたちに言うべきじゃないかもしれないけど、魔法少女への変身が人体に何らかの影響を与える可能性があると考えている学者もいるわ。もちろん提供者プロバイダーはそれを否定しているけど、彼らが無条件で信頼できる相手じゃないことはあなたも薄々気づいてるでしょ。とにかく瀬戸さんにはあまり無茶してほしくないの。それはわかってちょうだい」




「って言われたんだけど」


「まあ当然じゃないですか? 先輩なら少しくらい休んだって誰も文句は言いませんよ」


「いや、そもそも私は休みたいなんて一言も言ってないのに……。というか理沙こそ休めなくていいの? ちゃんとした休暇が取れるの、今年で最後かもしれないんだよ?」


「別に構いませんよ? 特にしたいこともないですし、何より後輩たちをほったらかしていくことなんてできませんよ。先輩こそ最後の年なんですから、ゆっくり休んだらいいじゃないですか」


「なんか年寄り扱いされてるみたいでやだな……それ」


「というかそもそも、先輩って魔法少女になってからちゃんとした休暇取ったことあるんですか?」


「え? それは……一年目で休暇取るわけにはいかないし、二年目は五月と二人しかいなかったから休暇どころじゃなかったし……」


「じゃあ休暇取ってないってことじゃないですか。休んだ方がいいですよ」


「でも、休むって言ったってどうせここにいるわけだし……」


「え? 実家とか帰らないんですか?」


「……あー……それはどうだろうな。でもやっぱり遠いし……」


「そういえば先輩ってどこ出身なんですか?」


「……神奈川だけど」


「へぇ、そうなんですね……。でも、行こうと思えば行ける距離じゃないですか。休み取ってないってことは、ずっと戻ってないってことですよね。良い機会ですし久々に家族に会ってきたら——」


「私は帰りたくないの。ほっといてくれない?」


 会話に一瞬の間が生まれる。ゆっくりと凍り付いていく理沙の表情を見てから、やってしまったと思った。


「……その、すみません。押しつけがましいこと、言っちゃって……」


「……ううん、気にしてない。……ちょっと外の空気吸ってくるね」


「あ、はい……」


 やっぱり私は先輩として出来損ないだ。徐々に強くなる胸の痛みから逃れるように、私は待機所を後にした。




 少し離れていただけなのに、この瀬戸内の海がずいぶん懐かしく思える。十五でここに来てから四年。私にとってはここはもう第二の故郷と言っていい場所になりつつある。波のない静かで穏やかな海は、眺めているだけでもなんだか心が落ち着くような気がする。

 後ろから誰かが近づいてくる足音が聞こえる。こんな何もない浜辺にわざわざやってくる奴なんて、ここでは一人しかいない。そいつは私の横に並ぶと、水平線を眺めながらあくびをした。


「珍しいじゃん。瀬戸がこういう感じになるの」


「……私だって、そういう日はある」


「理沙、気にしてたよ」


「……後で謝っとく」


「で、休みどうすんの?」


「別に、どうでもいいでしょ」


「よくない」


 五月ははっきりとそう言った。ああ、この感じだ。私がまったく予期しないタイミングで、こいつは信じられないくらい真剣な顔をする。そんな時の五月はいつもまっすぐで、その度に私は心を揺れ動かされてしまう。


「瀬戸の人生で、どうでもいいことなんて一つもない。ちゃんと向き合わなきゃダメ」


「……でも、やっぱり帰りたくない。今更どんな顔して帰ればいいか……」


「前にも言ったじゃん。難しく考えすぎなの、瀬戸は。皆、瀬戸が帰ってきたら嬉しいに決まってる。自慢の娘なんだから」


「……本当に、そう思う?」


「うん。文句言うやつがいたら私がぶっ飛ばす」


「それじゃ、ダメじゃん」


 少しずつ肩の力が抜けていく感じがした。自分でもわかっていた。この機会を逃したら、私はもう二度と自分から帰ろうとはしないだろう。瀬戸七海として、そして魔法少女セブンスとして、最後にちゃんと向き合わないといけない。私の全てが始まった、あの場所へ。

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