28.マジカル・サトガエリ
まずは広島市中心部までフェリーと電車で二時間、さらにそこから新幹線で四時間、そしてまた電車で一時間。計七時間の旅路の果てにようやくたどり着いたのは私の故郷だ。広島に比べると関東はずいぶん肌寒く感じられる。スーツケースを引きずりながら冬の町を一人歩いて行く。十四歳で魔法少女になると決意して、そこから一年は東京の養成所、そして広島支部に配属になった。実に五年ぶりに眺める故郷の町並みは懐かしくもありつつ、どこか変化を感じさせるものでもある。いつもの道、いつもの交差点、いつもの横断歩道。それらを超えた先に目的地はあった。
ああ、変わってないな。私が十四年間過ごした二階建ての一軒家。落ち着いた色合いのグレーの外壁も、ちょっと色あせた玄関マットも、全部一緒だ。深呼吸をして、一度気持ちを落ち着かせる。大丈夫だ、ここまで来れたんだ。あともう少し、あと一歩。恐る恐る、インターホンを鳴らした。
『——おかえりなさい。開いてるわよ』
返事はすぐに返って来た。また一つ呼吸をして、ドアに手をかけ中へ入った。五年ぶりに会ったお母さんは少し小さくなったような気がする。
「……ただいま」
「おかえり。……なんだか大人になったわね」
「そりゃ、もう十九だし」
「それもそうね。外、寒かったでしょ? お茶でも入れるわ」
リビングは私の記憶とは少し様子が違っていた。まあ五年も経てば当然だ。家具の配置やカーペットの色なんかも変わっている。そして——
「え、でか……!?」
「……そりゃ、もう十七だし」
「まずは『おかえり』でしょ、陸。あなたもお茶飲む?」
「いらない」
ソファーに我が物顔で座っているのは、私の弟……なんだろうか。確かに面影はあるが、私が知っているのは十二歳の陸だ。目の前の男は身長だって私より高いだろうし、声も別人みたいに低くなっている。五年もあれば人間というのはここまで変わってしまえるものなのか。
「……おかえり」
「た、ただいま」
どうもこの違和感に慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。
「いやぁ今日はめでたいなぁ。ほら、七海も飲むか?」
「だから私、十九だよ。まだ飲めないって」
「十九も二十も同じようなもんだろぉ」
「騒がしくてごめんね。お父さん、久しぶりに七海に会えて嬉しいのよ」
「ああ、めでたい。めでたいなぁ」
五年経ってもお父さんはなんだかあまり変わっていないように思える。何かお祝い事があるたびに、こうやってべろべろに酔っぱらって誰よりも楽しそうにしてる。その様子を見ていると実家に帰って来たんだという実感がひしひしと湧いてくる。それに比べると陸は随分と無口になってしまったように思える。まあ小学生の時と高校生になった今を比べているのだから、変化があるのは当然なのだが。この五年間で陸がどんな経験をして、どんな風に成長していったのか、私にはわからない。
「ねえ七海。これからどうするかは決まったの? 就職するとか、進学するとか」
やはりお母さんの関心事はそこらしい。親として娘の将来が気になるのは私にもわかる。そしてできることなら、地元に帰ってきて欲しいと思っていることも。
「うーん……とりあえずはまだ魔法少女続けようかなって。先のことは引退してから考える」
「そうなの? ……まあ、七海がそう言うならいいけど」
「そうそう、若いうちはなぁ、やりたいことやればいいんだよ。少年よ、大志を抱け!」
「はいはい。でも受験するなら先に言っておいてね。来年は陸も高三だし、被っちゃうと大変でしょ?」
「……俺は別にいいけど」
「私がよくないの。子どもが二人同時に受験なんて心配で気が狂っちゃうわ」
「……その、陸は志望校とか、どこなの?」
「……東大」
「……え、ええ!? あんた、そんなに頭良かったの?」
「別に……普通に勉強してるだけだし」
「中学に入ってから急に勉強しだしたのよ。届かないわけではないけどギリギリのラインだって先生も言ってるのに、第一志望は絶対東大がいいって譲らなくて……」
「いいじゃないか。魔法少女と東大生だぞ? 親の教育が良かったんだろうなぁ」
「いや、まだ受かってないし」
昔から色んなことを調べるのが好きな奴ではあったけど、まさかこんなことになっているとは思いもしなかった。ここに帰って来てから、陸にはずっと驚かされっぱなしだ。そんな風に思っていたら不意に陸と目が合う。
「……あのさ、聞きたいことあるんだけど」
「え、な、なに?」
「セブンスが新人の採用に関わってたって話。あれ、本当?」
「え? ああ、確かに面接はやったけど」
「こら、あんまり仕事の話は聞かないの。話しちゃいけないこともいっぱいあるんでしょ?」
「いや、まあそうだけど。……まだ魔法少女好きなんだね、陸」
「……好きっていうか、興味あるだけ。一応、セブンスの弟なわけだし」
「……そっか」
私の知る陸は根っからの魔法少女ファンだ。と言っても当時は今ほど魔法少女たちもメディアへの露出が多かったわけではないから、どちらかと言えばマイナーな趣味だっただろう。同じ趣味の友達もいなかったため、結果的に姉である私がその相手をさせられていた。魔法に関する知識がついたのはそのおかげでもある。
そっか。まだ魔法少女のこと、捨て去ってしまったわけじゃないんだ。私のこと、ちゃんと見てくれてたんだ。それが何よりも嬉しかった。
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