29.マジカル・オショウガツ

 正月ですら私にとってはすっかり形骸化したイベントになっていた。この五年間でしたことといえば、形ばかりの新年のあいさつと、あとは食堂で餅とかお雑煮とかを食べたくらいだ。年が変わり、また時間は過ぎていく。私が魔法少女でいられるのは今年の七月十九日まで、つまりあと二百日だけだ。


 せっかくだからと家族で初詣に来たわけだが、神社は人でごった返している。ここが広島の市街地だったら即座に引き返しているのだが、まさかセブンスが神奈川にいるなどとは誰も思わないだろう。地元の友達もとっくに交流は途絶えてしまっているし、ここには私を知るものは一人もいない。


「ほら、これお賽銭」


 そう言ってお母さんが財布を開いて小銭を渡してくる。


「いや、そのくらい自分で出すって」


「あ、それもそうね。なんだかいつまでも子ども扱いしちゃうわ。もう十九歳なのにね」


「そうだぞ、七海は俺より稼いでるだろうからな」


「……自慢げに言うことでもないでしょ、それ」


  私が今の陸に違和感を感じているように、お母さんも十九歳の私にまだ実感を掴めていないんだろう。もしかしたらお父さんや、陸も。わかっていたことだけど、やっぱり五年という時間は十代にとっては長すぎる。だからこそ、その時間を少しでも埋めるために今できることをしようと思う。

 お賽銭を投げ入れて静かに礼をする。そういえばこういう時は何をお願いすればいいんだろう。何も思い浮かばなかったので、とりあえず世界平和を願っておいた。魔法少女として間違った選択ではないだろう……多分。


「あら、おみくじ引かないの?」


「ああ、うん。別にいいかなって」


「そう? まあ凶とか出ても嫌だしね」


 占いなんて迷信だ、とまで言うつもりはないが、何が出たってどうせ一週間もすれば忘れてしまうのだから、そもそもやる意味があるんだろうか、とは思う。結果至上主義とでも言うのだろうか、魔法なんて得体の知れないものを扱ってるせいか、そういう傾向が自分の中に生まれつつあるのは自覚している。神社にしたっていくら払えばこれだけのご利益があります、とはっきり言ってくれれば何かしようという気にもなるのだが。そういう意味では占いと魔法は対極にあるものなのかもしれない。理屈はあるけど当てにならないものと、理屈はさっぱりわからないけど確実な効果のあるもの。現実的な利益を生み出すのはやはり後者だ。


「そうだ、せっかくだし写真撮らないか?」


「写真? なんでまた急に……」


「だって七海、次いつ帰ってこられるかわからないでしょ? 陸だって大学行ったら一人暮らししたいって言ってるし、家族写真撮るなら今しかないわ」


「そういうことだ」


 お父さんはさっそく神社の人に写真を撮ってほしい、と声をかける。そういえばセブンスではなく瀬戸七海として写真を撮るのはいつ以来だろうか。確か局員証の更新の時に顔写真を撮ったはずだから、だいたい半年前ということになる。逆に言えばプライベートな写真はこの五年間おそらく一枚も撮っていない。自分が世間一般の十代からどれほど乖離した存在なのか、ひしひしと思い知らされているかのようだ。


「はい、それじゃあ撮りますよ」


 こういう時は笑った方がいいんだろうか。私、ちゃんと笑えるだろうか。不意に「猿の笑顔」という言葉が脳裏をよぎる。それは顔にしわを寄せただけの醜い笑顔。ああ、その言葉は確か——『人間失格』の冒頭に出てくるものだ。


 その時、サイレンの音が聞こえた。


『緊急避難警報が発令されました。速やかに安全な場所に移動してください。繰り返します——』


 まさか、また……!? しかし以前とは微妙に状況が異なる。ここは本部の管轄エリアであり訪問者ビジターの対処も本部の魔法少女が行うのが筋だ。正式な出撃許可を得ないまま、私の一存で交戦を始めれば後々問題になるだろう。もしその行為が魔法の私的利用に該当すると判断された場合、私は魔法少女としての全ての権限を失うことになる。


「……七海」


 お母さんが私の名前を呼んだ。初めて見る表情だった。親に叱られた子どものような、縋りつき許しを請うような、そんな表情。きっとお母さんは恐れているのだ。未知の脅威をではなく、自分の娘がどこかに行ってしまうことを。それを理解してしまったら、私に残された選択肢は一つしかなかった。


「……早く避難しよう」




 この避難シェルターに来るのも実に五年ぶりだ。訪問者ビジターが好んで人を襲うということはないが、地上にいると戦闘の巻き添えになる可能性がある。魔法少女が訪問者ビジターを殲滅するまで、人々はここで息を潜めて嵐が過ぎるのをじっと待つのだ。水や食料の備蓄は少ないが、その分収容人数は多い。さすがに快適とは言えないが、一般市民にとってはもはや日常の一部であり、皆静かに警報が解除されるのを待っている。

 ポケットの中のリングを触りながら、私も他の人たちと同じようにただ時が過ぎるのを待つ。本部の魔法少女たちは優秀だ。きっと私が出るまでもなくすぐに片付けてくれるだろう。大丈夫だ……何も問題はない。


 シェルターの出口の方から人々のざわめきが聞こえた。見れば一人の女性が避難誘導の警察官ともみ合っているようだった。一体何事だろうか。


「……ちょっと様子見てくる」


 お母さんは不安そうな表情をしたが、私を呼び止めはしなかった。

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