30.マジカル・キュウシュツサクセン
シェルターの出口へと近づいていくと、女性と警察官の話し声が聞こえてくる。
「お願いです! 通してください!」
「ですからそれは無理ですって! 今外がどれだけ危険かわかっているでしょ!?」
「うちの子がどこにもいないんです! 人ごみの中で見失ってしまって……。外が危険なら、なおさら迎えに行かないと……!」
「外には他の警官もいますし、きっとその子も別のシェルターで保護されています。とにかくあなたを危険にさらすわけにはいきません」
だが警官がなんと言っても女性はあきらめようとせず、押し問答が続く。その光景を見ていると胸が締め付けられる。もし私がこの女性と同じ状況になったら、私も同じことをしようとするだろう。そして、きっと私のお母さんも。
今すぐにでもリングをはめて、このシェルターから飛び出していきたいという衝動に駆られる。私は、どうすべきなんだ。この人を助けたい。お母さんに心配かけたくない。魔法少女として戦いたい。規律は守らなければならない。たくさんの想いがごちゃ混ぜになって、私の体を内側から苛んでいく。私は、どうしたらいいんだ。
「……行きなよ」
隣にいたのは陸だった。今にも泣きだしそうな顔で抗議し続けるあの女性を、まっすぐ見つめている。
「でも、私……」
「また俺は何もできない。姉ちゃんに頼るしかない。……でも、今度はちゃんと送り出したい。姉ちゃんが行くっていうなら、俺は止めない」
ずっと心に刺さっていた棘がゆっくりと消えていくような、そんな心地がした。
陸は最後まで私が魔法少女になることに反対していた。あの日、あの光景を二人で見たからこそ、私にはできないとそう言った。私も本心では不安だった。だからそれをごまかすように陸を突き放した。陸には何もできない。私は陸とは違う。そう言い捨てて家を出た。
てっきり私のことなんて、もうどうでもいいのかと思っていた。でもあの日私が吐き捨てた言葉を許し受け止めて、陸はここまで成長したんだ。
「……ありがとう、陸。二人のこと、よろしくね」
「……わかった」
もう迷いはない。セブンスではなく、瀬戸七海として、今すべきことをするだけだ。押し問答を続ける二人に近づき、声をかける。
「私が代わりに行きます」
「……え?」
不意に現れた見ず知らずの第三者に二人は困惑しているようだ。警官は驚きつつも私を諭すように言葉を続ける。
「お気持ちはわかりますけど、今皆さんを外に出すわけにはいかないんですよ」
「これを」
私は局員証をその警官に手渡す。それを手にした瞬間、警官の表情が一変する。一般の職員のものとは違い、魔法少女の局員証には桜の花をモチーフにした装飾が施されている。季節と共に儚く散っていく桜は、十代の間しかなることのできない魔法少女のシンボルだ。
「これは……! じゃあ、まさかあなたは……!?」
「そういうことなので、通してもらえますか?」
「あ、はい。それは構いませんが……どうかお気を付けて」
「あの……どういうことでしょう……?」
一連のやり取りを見守っていた女性が、先ほどよりさらに困惑した様子で尋ねる。
「お子さんの特徴は?」
「え? えっと、十二歳の女の子で、名前は唯です。白いコートに赤いマフラーをしています。おとなしい子なので、あまり遠くには行っていないと思うんですが……」
「わかりました。私が探してくるので、お母さんはここで待っててください」
「え!? それはどういう——」
返事を待たずに私は地上へと続く階段へと駆けていく。大丈夫だ、私ならやれる。右手の薬指にリングをはめ、その長い階段を走り抜けた。
地上は不気味なほどに静まり返っていた。すでにサイレンも鳴りやみ、道行く人も見当たらない。女の子の名前を叫んでみるが、どこからも反応はない。十二歳とは言え学校で避難訓練もしていることだし、シェルターの場所は知っているはずだ。もし迷子になっていたりしても、周りの大人が小さな子どもを放置して避難するとは考えにくい。そうであればあの警官の言っていたようにどこか別のシェルターにいる可能性は充分にある。だが私はもう一つの可能性を知っている。だからこそ、どうにも悪い胸騒ぎがするのだ。今はまだその子のいる場所に見当はつかない。
その時上空を何かが横切っていくのが見えた。一瞬しか見えなかったが、おそらく本部の魔法少女だろう。つまり彼女の向かった先に
私が着いた時にはすでに戦闘は始まっていた。あれはスカイの初陣で戦った大蛇と同型の
私の予感が正しければ探している女の子はこの近くにいるはずなのだが、あたりにはまるで人の気配はない。どうやら私の杞憂だったようだ。まあその子が無事でいるならそれでいい。そうとわかれば私も早くシェルターに戻ろう。
「待ちなさい」
私が歩き出そうとしたその時、不意に頭上から声がした。思わず足を止めた私の前に降り立ったのは、魔法少女ブルーナこと青島美月だった。
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