31.マジカル・ムカシバナシ

「避難警報が出ていたはずです。こんなところで何を——」


 そう言いかけたブルーナが言葉を詰まらせる。数秒の間、なんとも気まずい沈黙が場を支配する。


「えーと、どうも……」


「……なぜあなたがここにいるんですか、瀬戸七海さん」


「その、今休暇中で、私の実家このあたりだから……」


「それは知っています。なぜ休暇中のあなたがこんなところにいるのか、と聞いているんです。あなたには出撃許可は出ていないはずでは?」


「あー、それは大丈夫。変身はしてないから」


「……端的にここにいる理由をおっしゃってください。返答によってはこの件を総司令にお伝えしなければいけません」


「あの、迷子の子どもを探してたんだけど、ここにはいなかったみたい」


 ブルーナは私の言葉を訝しむように顔をしかめる。


「迷子の子ども? こんな状況ですし、普通はどこかに隠れていると考えるのが妥当では? なぜこんな危険な場所にわざわざ……」


 どうも納得してもらうにはある程度こちらの事情を話さざるを得ないらしい。こんなこと、他人に話すつもりはなかったのだが、まあ致し方ない。


「昔、そういうことがあったの」


「というと?」


「……五年前、私の弟が魔法少女見たさに避難警報を無視して外に出たことがあった。なんとか無事に連れ戻したけど、その時と状況が似ていたからもしかしたら……と思って」


「連れ戻したって……まさか、その時もあなたはこうして外に出て弟を探していたんですか? 変身もできない、ただの中学生でしかないあなたが……」


「まあ、そうだね」


 あの日の記憶は今でも鮮明に私の中に焼き付いている。シェルターを抜け出して、ただ必死に陸を探し回った。街を走り回ってようやく見つけた陸は、上空で繰り広げられる激しい戦闘を食い入るように見つめていた。そして私もそこから目が離せなくなった。画面の中の情報からでは決して知り得ない生々しさがそこにはあった。これが、この世界の現実。私とたいして歳の変わらない女の子が、あんな化物と命がけの戦いをしている。私たちが享受している平和は、彼女たちの犠牲の上に成り立った、暫定的かつ一時的なものでしかない。

 私に魔法少女の適性があると判明したのはその後のことだった。もちろん迷いはあった。だけどそれ以上に、この先の見えない現実をどうにかしたいと思った。魔法少女を終わらせる、そんなものの必要ない世界を手に入れる。それが私の夢だった。


 ブルーナはなんだか少し呆れたようにため息をついた。


「……正直、もっと冷静な人だと思っていました。意外と無茶するんですね」


「……アカツキにも似たようなこと言われたよ」


「まあいいです、事情はわかりました。この件については目をつむりますが、今後はこういった軽率な行動は控えるように」


「あ、はい。すみません……」


「……あなたがミスをすればその後始末をすることになるのは理沙なんですよ? もっとしっかりしてもらわないと困ります。……では」


 そう言い残してブルーナは飛び去っていった。真面目な堅物という印象だったが、意外と友達想いのいい子なのかもしれない。広島に戻ったら理沙にも話を聞いてみようと思った。




 シェルターに戻るとあの警官から無事に女の子が見つかったと教えてもらった。女性はさっそくその子を迎えに行ったが、私に感謝の意を伝えてほしいと言っていたらしい。とにかくこれで一件落着だ。だが私の方ではまだしなければいけないことが残っている。


「……ただいま。その、ごめん。心配かけて……」


「……いいのよ。あなたにしかできないことがあるんだもの。それは誰にも邪魔できないわ」


 きっと私の知らないところでお母さんは何度もこういう思いをしてきたんだろう。今更かもしれないけど、やっぱりそれを目の当たりにしてしまうと少し心が痛む。


「まあでも、とにかく皆無事でよかったじゃないか。なんだか疲れたし、今日はもう帰るとしよう」


「あ、私ちょっと寄っていきたい場所があるから、先に帰ってて」


「ん? それはいいけど、夕飯までには帰ってくるんだぞ」


「うん、わかってる」


 明日にはもう広島に帰らなければならない。その前に行っておきたい場所があった。十分ほど歩いてたどり着いたそこは何の変哲もない普通のショッピングモールだ。正月ということもあって店内はなかなかの賑わいを見せているが目的は買い物ではない。私はエレベーターで最上階へ向かう。そこはただの屋上駐車場だ。ここからならあたりの景色が見渡せる。

 五年前、ちょうどこの場所で陸を見つけた。私にとってはここが全ての始まった場所ということになる。あの時抱いた夢は、掲げた理想は、結局叶わないままだ。あと二百日。私に、何ができるだろうか。


「やっぱりここか」


 振り向けばそこには陸がいた。あの時とは違って、今では陸の方が背が高い。やっぱりまだちょっと不思議な感じがするけど、なんだか頼もしくも見える。


「どうしてここに……」


「帰る前に言っておきたいこと、あったから」


「それって……」


「俺、大学を出たら魔法技術局に入る。そこで魔法の研究をして、いつか必ず平和な世界を創ってみせる。……姉ちゃんみたいに戦うことはできないけど、俺は俺にできることをする。それが俺の夢」


「陸……」


 ずっと陸と向き合うのが怖くて逃げていた。だけど陸は今日まで必死に努力して、そして私に向き合っている。……本当に大きくなったね、陸。この場所に帰ってきてよかったと、やっとそう思うことができた。

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