26.マジカル・イソウロウ

 大阪支部に来たのはこれで二回目だっただろうか。前はゲートを使わせてもらうために少し立ち寄っただけだったので、これといって印象には残っていなかったが、あらためて見てみると広島支部とはまた違った雰囲気を感じる。都会の喧騒とでもいうのだろうか、離島に建設された広島支部にはない賑やかさがある。

 精密検査の結果、特に身体的な異常や変化は確認できなかった。変身が解けてしまったのも一時的なもので特に問題はないらしいが、念のためにしばらくはここで様子を見ることになった。魔法少女になってから広島支部以外で寝泊まりするのは初めてなので、正直言ってあまり落ち着かない。あてがわれた部屋には当然必要最低限の家具しかなく、持ってきたものもスマホと鎌くらいしかない。理沙と電話してこっちの状況を伝えた後は、これといってすることもなく暇な時間が続いている。

 その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。誰だろう、ここに知り合いはいないはずだ。一瞬躊躇したが居留守したってしょうがないのでドアを開ける。そこにいたのはアカツキだった。といっても当然変身はしていない。


「おはようさん。どうせ暇しとるやろなぁ思うたから、来てみた」


「来てみた、って……」


「まあええやん。人生は一期一会、せっかくやからお話ししようや」


「はぁ……まあいいけど……」


「ほなおじゃましまーす。うわ、ほんまに何も無いな。ゆーても当然か、昨日来たんやし」


 そう言ってアカツキはベッドに腰掛ける。隣に座るのは少し気が引けたので、私はデスクについていた椅子の方に座ることにする。


「ええとこやろ、ここ。まあ広島がどんなんかは知らんけど」


「……ここもいいけど、私は広島の方が好きかな。あっちは静かだし」


「ふーん。まあ瀬戸やしな、そら広島の方がええか」


「え、私の名前知ってるの?」


「そらそうやろ。自分、セブンスやねんで? 名前知らん魔法少女なんかおらへんよ」


「そ、そうなんだ」


 てっきりお互いに本名は知らないものだと思っていたが、どうやらそれは私の方だけらしい。もちろんデータベースへのアクセス権限は魔法少女なら誰でも持っているし、私も閲覧したことはある。だがそれぞれがどんな武器や魔法を使うかということしか見ていなかったので、本名を把握している魔法少女はほとんどいない。まいったな、今更名前を聞くのもちょっと気まずい。


「それでな、せっかくやしセブンスに聞きたいことあるんやけど」


「それ、皆言うね……。それで、なに?」


「魔法少女になった理由。皆だいたいなんかのインタビューとかで答えてるけど、セブンスがそれ答えてるのは見たことなかったから」


「ああ、その質問NG出してるからね」


「え、そうなん? ……もしかしてあんま聞かれたくない?」


「そういうわけでもないけど……あんまり楽しい話じゃないから」


「そっか……ならええわ、うちも聞かんとこ」


 雰囲気はどこか五月に似ているところもあるが、アカツキはちゃんと気遣いができるタイプらしい。関西圏を代表する魔法少女として、それなりの自負と責任感はちゃんと持ち合わせているようだ。まあ魔法少女というのはそもそもそうあるべきものなのだが。


「……ねえ、なんで私にそういうこと聞いてみようと思ったの?」


「そら、なんか気になるやん。何がきっかけで、何を目標にすれば、セブンスのレベルまでたどり着けるか。もしかしたらうちなんかじゃ想像もできんくらい凄いこと考えとるんかもしれんし」


「別にそんなことは……」


 そう言いかけたが、果たして私と同じことを考えている魔法少女などいるのだろうか。少なくともそういった話を耳にしたことはない。アカツキは私の態度に何かを察したようだったが、深くは聞いてこなかった。寂寥感の漂う部屋を眺めながら、ふと口を開く。


「うちな、実を言うと給料目当てで魔法少女になったんや。養成所にいる間も補助金がもらえるし、正式に採用されれば期限付きやけどその辺の十代の何十倍も稼げる」


「それは……何かしたいことがあったの?」


「そういうわけではないんやけどな。うち、長女やし家族も多いから、しっかりせなあかん思うて……。でもなってみたら、こういうのもええなって。危ないこともあるけど、皆がうちを頼りにしてくれる。そういう気持ちにはうちも応えたい」


 そう言うとアカツキは私に向かって頭を下げる。


「来てくれてありがとう。うちだけじゃきっと勝てんかった。セブンスのおかげや」


「いや、そんな……私も助けてもらったし、お互いさまっていうか」


「へへ、それもそやな。まあまたなんかあったら頼むわ」


 アカツキは満足そうな顔をしてベッドから立ち上がる。きっとここに来たのは私にお礼を言うためだったのだろう。義理堅い、とでも言うのだろうか。そういうのは五月にはないアカツキの美点だ。


「あ、言い忘れるとこやったわ」


 部屋から出ようとしていたアカツキが不意に振り返る。


「うち、西野明莉。アカツキって名前も気に入ってるから、好きな方で呼んでええよ。それじゃ」


 どうも私が名前を知らないこともお見通しだったらしい。魔法少女としての実力もさることながら、明るく責任感があり洞察力にも長けている。きっと今の十九歳組が引退した後は、この子が全国の魔法少女を引っ張っていく存在になるんだろう。優秀な後輩というのは理沙だけではないようだ。

 想定外の事態ではあったが、ここに来れたのは結果としてよかったかもしれない。なんとなくそう思うことができた。

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