50.タダノオンナノコ
「……うーん」
ここは、どこだ。住宅街の真ん中、どこからか聞こえてくる蝉の鳴き声が私を急かしてるみたいだ。もう一度スマホの画面を確認するが、地図では確かにこのあたりを指している。いっそ連絡して迎えに来てもらおうか。いや、でもやっぱり申し訳ないしなぁ。そういえばこうやって街中を出歩くのも随分久しぶりだ。見知らぬ土地に案内も無しに向かうのは無謀だったか。でも今更後悔したって遅い。
「……あの」
「え? あ、はい」
振り向くとそこには学生らしき男の子が立っていた。年は私と同じくらいだろうか。落ち着いた雰囲気の賢そうな人だ。そのどこか涼しげな佇まいはなんだかちょっと先輩に似ている気がする。
「……もしかして、三上さん?」
「え!? なんでそれを……」
ここは神奈川だ。私の同級生なんかがいるはずはない。こちらの警戒が伝わったのかその人は弁明するように言った。
「あの、弟です。瀬戸陸って言います」
「あ、なるほど。びっくりした……」
「すみません、急に声かけて。なんだか迷ってるみたいだったから」
「……実はそうなんです。でもよく私のことわかりましたね」
「あー、その……トライに似てるなって思ったから……」
「え、わかるんですか!? ここ神奈川なのに」
「その、趣味っていうか、好きなんです。そういうの」
好きなんです。——いや、違う、そういう意味じゃない。不意に放たれた言葉に少し動揺してしまう。仮にそういう意味だったとしても彼が好きなのはトライであって三上理沙じゃない。……多分。
「あの、じゃあついてきてください。すぐそこなんで」
「あ、はい」
二人並んで歩きながら彼の横顔をチラリと見る。ああ、確かに目元とか耳の形とか似てるなぁ。……いや、これはさすがにちょっとキモイか。不意に沸き上がった予期せぬ想いを胸に抱えて、私は夏の日差しがさんさんと注ぐ道を歩いて行く。
「総司令。例の報告書、完成しました」
「ああ、ありがとう。……それと美月、今はもう総司令じゃない。ただの火野だ」
「あ……すみません。まだ慣れなくて。……でも本当によかったんですか? あれだけの偉業を成し遂げたのに、昇進どころか実質的には降格だなんて……」
「別に私は何もしていない。君たちが頑張ってくれたおかげだ。それに作戦司令部そのものが解体されてしまったんだ。本来ならお払い箱である私がこうして魔法技術局に留まることができただけでも満足だよ」
「まあ火野さんがそうおっしゃるなら私も構いませんけど……」
「……ところで今日は十九日だろう? 夢はずいぶんはしゃいでいたが、一緒に行かなくていいのか?」
「
「それでも前とはもう状況が違うんだ。無理して働く必要はない。トライだって今日は休暇を取ってこっちに来ているそうだし」
「え」
「……もしかして聞いていなかったのか。まあ夢のことだしな……」
「あの、総司令、じゃなくて火野さん……!」
「うん、行ってこい」
「ありがとうございます……!」
そう言って駆けていく美月は年相応の少女に見える。——ようやくここまで来れたよ、桜子。胸の内でそう友に呼びかけた。
「んー」
「ちょっと、くっつきすぎ」
「やだ、瀬戸がいい」
「はあ? それどういう意味?」
「さっちゃん、お祝いだからって飲みすぎですよー」
「いーじゃん、もう二十歳なんだからぁ。ねー瀬戸も飲もー?」
「いや、まだ昼間だし。それに理沙だってまだ来てないし……」
「昼間から酒が飲めるのはフリーターの特権でーす」
「あんたねぇ、私だって局で働こうって決めたのにいったいいつまで——」
その時、玄関でドアが開く音が聞こえる。弟君が帰って来たんだろうか。それにしてはなんだかバタバタしている気がする。するとドアの向こうから声が響いてくる。
「姉ちゃん、ちょっと」
「ん、なんだろ。ちょっと行ってくる」
そう言って瀬戸は立ち上がり部屋から出て行く。
「逃げられたか」
「それにしてもさっちゃん、意外とお酒弱いんですね。なっちゃんが飲んだらどうなっちゃうんでしょう」
「瀬戸はああ見えて体は丈夫だからなぁ。納豆以外なら何でも食うし。まあ今日はあんまり強いのは買ってないから大丈夫だと思うよ」
「……あれ? さっちゃん、実はあんまり酔ってなかったりします?」
「なんのことかにゃー」
「むー、さっちゃんだけずるいです。なっちゃんは皆のものなのです」
「それはどうかなぁ」
本当はもっとずぶずぶになるくらい甘えてみたいけど、きっとあいつはそういうのは好きじゃない。でもまあ、今日くらいはこういうのもいいんじゃないかな。ぼんやりそんなことを考えながら缶の残りを飲み干した。
部屋を出ると体に蒸し暑い夏の空気がまとわりついてくる。廊下を進んだ先の玄関にいたのは、陸ともう一人。
「理沙! ……なんで陸と一緒なの?」
「その、ちょっと道に迷ってたところを助けてもらいまして」
「ああ、そうだったんだ」
陸はなんだかいつもよりそわそわしているように見える。そういえば陸の推しはトライだったか。実物を前にして内心気が気でないのかもしれない。すると理沙はスーツケースを開けて中から綺麗に包装された何かを取り出す。
「これ、真希ちゃんと美空ちゃんからです。で、こっちはアカツキさんから。そしてこれが私からです」
「あ、ありがとう……! こんなに祝われたの初めてかも……」
心の奥の方からゆっくりと沸き上がるような喜びを感じる。少しむず痒いけれどそんな感覚も心地いい。
「それじゃ先輩、あらためまして——」
理沙の優しい微笑みが私を照らす。
「誕生日おめでとうございます!」
Magical 19 鍵崎佐吉 @gizagiza
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