49.マジカル・セブンス

 眩い光が全身を包み込み、体の奥底からあふれる力を感じる。今までとはまったく違う感覚だ。漆黒の装衣に透き通るような青い光が燈る。


「夢、すぐ終わらせるから少しだけ待ってて」


「はい……なっちゃんなら、きっと大丈夫です……!」


「……提供者プロバイダー!」


『我々にはもう君を止める手段はない。……こうなった以上は協力しよう』


 外海ダイブが解除されると同時に、私は騎士に向かって全速力で飛んでいく。体感ではっきりわかるほどその速度も上がっている。そのまま勢いを緩めることなく、渾身の飛び蹴りをぶち当てた。不意を突かれた騎士は体ごと吹き飛ばされ壁に激突する。そばにいたメイは唖然とした表情を浮かべている。


「瀬戸!? 今のはいったい……!?」


「こいつは私が倒す。五月は夢と提供者プロバイダーをお願い」


「わ、わかった」


 騎士の魔力はまだはっきりと感じることができる。私は左手に力を込め、リングからわずかに感じる温もりを確かめる。大丈夫だ、今の私ならいける……!


術式コード閃光シャイン!」


 体からあふれる魔力が周囲に漂い、それが鋭利に研ぎ澄まされていくのがわかる。術式コードはリングに記憶されているもの、夢のリングなら当然夢の魔法が使える。生み出された光の槍を騎士に向かって一斉に放つ。だが騎士は槍がその体を貫く寸前で跡形もなく姿を消す。やはり敵は核を取り込んだことで外海ダイブと同等の魔法を使えるようになったと見て間違いないだろう。闇雲に攻撃してもこちらの隙をさらすだけだ。

 その時、またあの空気が体にまとわりつくような感覚に襲われる。やはり今の私でもこの空間では自由に動くことはできない。そして突然背後から強烈な魔力を感じた。だがそう来るのは読めている。


術式コード外海ダイブ


 騎士の一撃は私の体をすり抜ける。同じ魔法を使う以上、どういう手で攻めてくるかもわかる。攻撃をかわされた騎士はまた忽然と姿を消した。しかしこうなると厄介だ。お互いに亜空間に隠れていたのでは勝負にならない。どうにかして奴を引きずり出さないと……!

 その時、ふと違和感を覚えた。今まで何百回と潜って来たこの空間もまた、今までとは少し違うもののように思えたのだ。私の能力が飛躍的に向上したことで、外海ダイブにも何らかの影響が生じたのだろうか。果てしなく続く私だけの海はただ静かに揺らめいている。私の中に一つの考えが浮かびつつあった。うまくいく確証はない。だがそれこそやってみればわかることだ。意識を集中させ、右手のリングに魔力を込める。


術式コード外海ダイブ——深淵ジ・エンド


 滲みだす魔力が空間を歪め、全てを飲み込みながら膨らんでいく。直接触れることなく周囲の空間そのものをこの亜空間へと同化させる外海ダイブの最終形態。以前戦ったあの騎士は私の水葬ルインを無力化してみせた。つまり外海ダイブの亜空間から脱出したという事である。そうであるならばその逆、外海ダイブで敵の亜空間に侵入することも可能なのではないか。そして私の海が何か異物を飲み込んだのを感じ取った。間違いない、そこに奴がいる! 私は迷うことなくそこへ突っ込んだ。

 ガラスの割れるような音と共に周囲の景色が一変する。その透明な壁で囲われているような奇妙な空間の中央にあの騎士がいた。二つの亜空間が混ざり合っているこの状況なら、体の自由を奪われることもない。私は隙をついて一気に騎士に接近する。


術式コード閃光シャイン——明滅スターライト!」


 閃光と共に現れた槍が騎士の体を刺し貫く。さらに閃光シャインで生み出した光の槍を手に取り、騎士の胸部のあたりに思い切り突き刺す。それでもまだ騎士の魔力が絶えることはない。青い血を流しながらも騎士は漆黒の剣を振るい反撃を仕掛けてくる。私も槍を薙刀のように振るって応戦する。言葉はわからずともその過剰なまでの闘争心が剣戟を通して伝わってくる。そうして攻防を繰り広げている間にも騎士の傷は凄まじい速さで癒えていく。多少の手傷は負わせたところで無意味だ。確実にこいつを仕留められる、致命傷となる一撃を放たなければならない。

 騎士の攻撃を槍で受けながら、感覚を研ぎ澄ませる。こいつの放つ魔力、その中心となる一点を探す。胸ではない、頭でもない、この反応は——腹部。人間でいうへその辺りに魔力が集中している一点がある。そこを攻撃することができればこいつを倒せるかもしれない。


術式コード閃光シャイン!」


 後ろに飛び退きながら私は騎士に向けて槍を放つ。騎士もまた漆黒の剣を放ち、それらが激しくぶつかり合う。その隙に手にした槍を正面に構え、腹部の一点をめがけて一気に突っ込んだ。騎士は両手に持った二本の剣でその渾身の突きを受け止める。魔力で形成されたお互いの武器は強く反発し合い、次の瞬間には跡形もなく弾け飛ぶ。この隙を逃すわけにはいかない! 私は握りしめた拳を思い切り騎士の腹に叩きつける。

 何かがひび割れ、砕けるような音が聞こえた。騎士の外殻には確かに亀裂が入っている。だがそれだけではない。——リングか……! 右手のリングから感じる魔力が不安定なものになっている。接触の衝撃によってどこかが破損した可能性が高い。リングを失えば変身は解け、私はただの人間に戻ってしまう。


 ——それでも構わない。


 この傷が癒えてしまう前にけりをつける。騎士は剣を振りかざし、私は左の拳を突き出す。何かを貫いたような感覚が確かにあった。破られた外殻から大量の青い血と魔力が溢れ出す。すると周囲の景色が歪んで亀裂が入り、空間を隔てていた壁が崩れ落ちる。それでもなお騎士はその剣を振ろうとする。退避しようと思ったがうまく魔力が制御できない。もうリングが壊れかかっているんだ。振り下ろされるその剣をただ見ていることしかできなかった。それでも、私は——


術式コード浸透レイン——村雨ブレード!」


 飛来した白銀の剣が騎士の体を貫く。青い血を吐き何か小さく呟いた騎士はついに動かなくなった。その体からはかすかに核の魔力を感じるだけだ。動けないままでいる私のそばに五月が飛んでくる。


「瀬戸! 大丈夫!?」


「……うん、平気。おかげで助かった」


「よかった……。ほんとに無茶ばっかするんだから……」


「ちょっと、それはお互い様でしょ」


「何それ!? 私は瀬戸が助かるなら死んでもいいと思って……!」


 そこまで言って五月は言葉を詰まらせる。こんな顔をした五月を見たのは初めてだ。私から視線を逸らしどこか気まずそうにしている。


「……ありがと」


「……ん」


「うぅ……ひどいですなっちゃん。私を差し置いてさっちゃんといちゃついてるなんて……」


「ゆ、夢!?」


 見ればフワフワと浮かぶ提供者プロバイダーにつかまって、夢がすぐ近くまでやって来ている。


『応急措置は済ませておいた。あとは改めて核にアクセスして支配権を手に入れるだけだ』


 提供者プロバイダーの体から再び光る触手のようなものが生え、動かなくなった騎士の体と同化する。これでやっと全てが終わるときが来る。空間が揺れるような感覚と共に、白い光が辺り一面を飲み込んでいった。

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