48.マジカル・ゼッタイゼツメイ

術式コード閃光シャイン——天照サンライト!」


 詠唱と同時に、夢は光球を上方へ投げ放つ。それは急速に膨張して上空で弾け、大量の槍が辺り一面に降り注ぐ。


術式コード外海ダイブ!」


 私は提供者プロバイダーと共に身を隠し攻撃をかわす。五月もまた浸透レインで盾を作って攻撃を防いでいる。周囲を取り巻いていた大量の訪問者ビジターはこれでほとんど一掃されたようだ。だが肝心の騎士の姿がどこにも見当たらない。すると夢の背後に突然黒い影が現れ鋭い斬撃を浴びせる。細剣でそれを受け止めた夢だったが、そのまま剣をへし折られ吹き飛ばされる。騎士はさらに剣を放ち体勢を崩した夢を追撃する。

 やはり騎士の力は格段に上昇している。この空間移動速度は外海ダイブにも引けを取らないレベルだ。とにかく早く三対一の状況にしないとこちらの勝機は薄い。私は夢の目の前まで飛んでいき、飛来してくる剣を刀で弾き返す。


「夢、大丈夫!?」


「はい、大したことありません……!」


 夢が言葉を続けようとした時、不意に体が重くなるような感覚に襲われる。いや、実際に体が思うように動かない。まるで空気が体にまとわりついているみたいだ。


「なに、これ……!?」


『今やこの空間は奴の支配下にある。君が外海ダイブで敵を引きずり込んだ時のように、我々はこの空間では自由を奪われてしまう!』


 騎士は腕を振り、再び漆黒の剣が放たれる。この状態では避けたり弾いたりするのは無理だ。外海ダイブを使おうにも提供者プロバイダーと夢を同時に連れていくにはまだ時間が足りない。この状況、どうすればいい……!?


「なっちゃん! 合わせてください!」


「——! わかった!」


基本術式ベースコード守護シールド!」

基本術式ベースコード守護シールド!」


 目の前に現れた光の二重盾は放たれた剣をどうにか受け止める。しかしこれではらちが明かない。やはり一度外海ダイブで退避して、何か策を考えるしかない。


 その時、ガラスにひびが入るような音が聞こえた。


「危ない!」


 夢の叫び声と同時に私の体は吹き飛ばされ壁に激突する。しかし全身を打ち付けた激しい痛みはあるが、体のどこにも傷を負っていない。これはいったい——


「ぐっ……う……」


「……! 夢!?」


 私のすぐそばに夢が倒れている。その背は切り裂かれ赤く血が滲んでいる。まさか、私をかばって……!


『気を付けろ、また来るぞ!』


 提供者プロバイダーの声で我に返る。すでに騎士の放った剣が目前まで迫っている。体はまだ思うように動かないままだ。


術式コード——」


 駄目だ、間に合わない。そう思った時、高速で飛んできた何かが剣を弾き返す。そこにあったのは白銀の剣。その輝きは今まで何度も見てきたものだ。これは——


術式コード浸透レイン——村雨ブレード!」


 白銀の剣を放ちながらメイが騎士へ切りかかる。その体には硬化した液体金属が鎧のようにまとわれている。浸透レインは魔力を流し込み物を自在に操る魔法。自由に動かせない体を浸透レインで無理やり操っているんだ。体にかかる負荷は尋常なものではないだろう。それでもメイは一歩も引くことなく騎士と戦い続ける。


「瀬戸! 星野を連れて逃げろ!」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。だって、そんなことをしたらあんたは、五月はどうなる? とっくに答えはわかっているはずなのに、脳がそこへたどり着くことを拒否している。再び五月の声があたりに響く。


「私が倒れても二人がいれば立て直せる! だから早く!」


『……私も彼女に同意する。この状況では勝ち目はない。一度退いて態勢を整えよう。今ならまだ間に合う』


 だが私は動けない。五月を見捨てることなんてできない。だってあいつは——


 脳裏によぎったのはあの日の記憶。私たちの広島支部配属が決まった日、養成所で過ごす最後の夜。五月は二段ベッドの上に寝そべったまま独り言みたいに言った。


「私、魔法少女しかできないんだよね」


「……どういうこと?」


「こんな性格だからさ、何やっても続かないんだよ。だから多分、魔法少女しかできない」


「……まあ、いいんじゃない? それで」


「そうかな?」


「その方があんたらしいよ。それに私も似たようなもんだし」


「……そっか、瀬戸も同じか」


「え……なに?」


「いや、何でもない。ま、これからもよろしくね」


 甲高い金属音が私を現実に引き戻す。メイの剣も鎧も、破壊されるたびに液化し瞬時に元通りになる。だがメイ自身へのダメージは少しずつ確実に蓄積し、その動きを鈍らせる。早くどうにかしないと……! だけど今の私に何ができる? 夢だって大怪我を負っている。私は、どうすればいいんだ。


『……術式コード外海ダイブ、起動』


 提供者プロバイダーがそう唱えた瞬間、私たちの体は亜空間に飲み込まれる。まさか、これは……!?


『悪いがリングをこちらで操作させてもらった。今我々が取るべき選択は一つだ』


「選択って……五月を見捨てるんですか!?」


『我々の敗北は人類の敗北と同義なんだ。ここで君たちを失うわけにはいかない。彼女もそれを望んでいる』


「嫌だ! そんなの絶対に認めない!」


『冷静になれ、セブンス。……時には避けられない犠牲というのも存在するんだ』


「ふざけるな……! 外海ダイブを解いて!」


『これはもはや君の個人的な感情に左右されるような問題では——』


 全身から沸き立つその荒々しい何かをもう抑えることはできなかった。なおもしゃべり続ける提供者プロバイダーの小さな体を鷲掴みにする。


「五月を見捨てるなら私があんたを殺す。必ず五月と同じ目に合わせてやる……!」


『……君は自分が何を言っているかわかっているのか?』


「私は本気だ」


 重苦しい沈黙が虚空に漂う。私は提供者プロバイダーを握る手に力を込める。これを壊せば外海ダイブは解けるだろうか。いや、やってみればわかることだ。


「なっちゃん……駄目、です……」


「夢……!?」


 夢の手が私の左手をつかむ。その温もりが、少しずつ私を落ち着かせる。そうだ、私が倒れたら夢はどうなる? 勝機の見えない相手に立ち向かうより、目の前の命を助けなければいけないのではないか? だけどそれは二人の命を天秤にかけることになる。すると夢は私の顔を見て少し笑ってみせた。


「私は、大丈夫です……。だから、さっちゃんを、助けてあげてください……」


「でも、どうすれば……!」


「……これ、なっちゃんに託します」


 そう言って夢は自分の右手にはめているリングを外した。それと同時に装衣が白く発光し、夢の変身が解けてしまう。そして私の左手にゆっくりとそれをはめた。


『これは……いや、しかしあるいは……』


「……これで変身したらどうなるの?」


『……確かな結論は出せない。並の人間であればリング二つ分の魔力には耐えられない。だが君ならそれを制御下における可能性もある』


「ならやってみるだけだ……!」


 両手を重ねて、二つのリングに意識を集中させる。夢も、五月も、そして私たちを信じてくれた全ての人を、私は救ってみせる。


変身ドレスアップ!」

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