15.マジカル・シンロソウダン

「あら、いらっしゃい。部屋、空いてるわよ」


「あの、実はちょっと新田さんに相談したいことがあって……」


 新田さんは今日もばっちり決まっている。少しだけ驚いたような顔をして、いつかと同じように椅子に座るよう促す。今日は私もゆっくり腰を据えて話すつもりだ。


「それで、今日はどうしたの?」


「その、ここの職員になるには試験が必要なんですよね? 難易度とか倍率とか、どのくらいなのかなぁって」


「あら、もしかして進路相談?」


「まあ、そんなところです。後任も決まったわけだし、そろそろ今後について真剣に考えた方がいいかなと思って」


「なるほどね。でもセブンスほどの知名度があれば、ここ以外にもいろいろと就職口はありそうだけど。ほら、タレントとかモデルになったっていいわけだし」


「私には無理ですって……! それに引退後もセブンスの名を背負い続ける気はありませんよ。ただの瀬戸七海として普通の人生を送りたいんです」


「普通の人生ってことなら、ここの仕事はあまり向かないかもね。少なくとも魔法技術局の中にいる限りは、元魔法少女って肩書はずっとあなたについて回ることになる。実を言うと元魔法少女の優先採用枠も各部署に設けられてるしね。良くも悪くも公平な扱いは受けられないと思うわ」


「え、それ、言っちゃっていいんですか……?」


「うーん、駄目かも。あんまり他の子には言わないでね」


 これは新田さんのルーズさというよりは優しさなんだろう。とりあえず今聞いたことは胸の奥にしまっておくことにする。


「……私たちもさ、申し訳なさは感じてるのよ。十代の一番楽しい時期に、ろくに学校にも行けず、得体の知れない敵と戦い続けて……。あなたたちの将来を奪ってしまっている側面は少なからずある……だからこそ、できる限りのサポートはしてあげたいの」


「……ありがとうございます。でも自分で選んだ道ですから、辛いと思ったことはないですよ」


 確かにいろいろと苦労はあったけど、辛いと思ったことはない。ただ、もし魔法少女になっていなかったら、と考えることはある。瀬戸七海は内気で地味な女だ。きっと大した波乱もなく、平凡な人生を歩んでいたことだろう。それはそれで悪くないと思う。


「まあそんなわけだから、瀬戸さんならほぼ確実にここに就職できると思うわ。ちなみに希望の部署とかはあるの?」


「そうですね……魔法の研究とかにはちょっと興味があります。そんな難しそうなこと私にできるかどうかはわかりませんけど」


「魔法の研究、か。……ねえ、瀬戸さんは魔法少女の使う魔法がコードって呼ばれてる理由、知ってる?」


「え、それは……なんか、そういうものだと思ってました」


「魔法っていうのはね、人類にとってはブラックボックスなの。つまり仕組みのわからない機械と同じ。与えてもらったその機械リングに対して、教えてもらった命令コードを打ち込んでるだけ。だから未だに魔法のメカニズムはさっぱりわからないまま。私も魔法学者だなんて偉そうに名乗ってるけど、今の人類にできることは魔法を観測してそのデータを分析することだけなの」


「それじゃあ魔法の仕組みを研究したりする部署はないってことですか?」


「うーん、一応本部には魔技研まぎけんがあるけど」


「マギケン?」


「ああ、魔法技術局特認研究所の略ね。ただこの部署は総司令官の直轄になってて他の部署との繋がりがないから、具体的に何をしてるかは私にもよくわからないのよ。採用に関しても司令が直接やってみるみたいだし、何らかのコネがないと入るのは難しいと思うわ」


「コネかぁ」


 私はずっとこの支部の所属だから司令と会ったことはまだ一度もない。それどころか本部に行ったことだってまだ一度もない。他の支部なら応援に駆け付けたことは何度かあるが、人員の豊富な本部からはそもそも救援要請が来ないのだ。当然コネなんてあるはずもない。


「まあ魔法技術局以外にも選択肢はいくらでもあるわよ。大学に進学したっていいわけだし、就職を焦る必要はないわ。瀬戸さんのことだからそれなりに貯金はあるだろうし」


「いくら貰ってもここだとこれといって使い道がありませんからね」


「実はあなたたちのお給料って私たち職員よりかなり高いのよ。まあ常に危険がつきまとう仕事だから当然と言えば当然だけど」


 新田さんの言う通り、十代がこんな大金を持っていていいのだろうかと不安になるくらいには貯金はある。一応高卒認定資格も持っているし、行こうと思えば大学にだって行けるだろう。ただその先の目標についてはまだ何も浮かんでこない。


「五月なんかはあんまり働く気がなさそうでしたね。あいつも貯金はあるんだろうけど、いったいどうするつもりなんだか」


「らしいといえばらしいけどね。水谷さんがスーツ着て働いてるところなんて想像できないわ」


「同感です」


 そうは言うけど、じゃあ私自身はどうなんだろう。自分の将来というのをまったく思い描けないでいる私も、似たようなものではないだろうか。魔法少女になると決めたあの時だって、何か将来への展望があったわけではない。理沙のように近づきたい誰かがいたわけでもない。ただ私は、魔法少女を終わらせるために魔法少女になったんだ。自分の願いが叶わないと知った時、人は次に何を願えばいいんだろう。私の夢を思い描く力はいつのまにか失われてしまったらしい。やっぱり私はあいつみたいにはなれないな。わかり切ってたことだけど、あらためてそう思ってしまった。

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