16.マジカル・ナヤメルジュウダイ

「あー……暇だー……」


「……そう」


「ねー瀬戸、しりとりしようよ。じゃあ海の生き物縛りね」


「……やだ」


「まず私からね。しりとり、り、り……リュウグウノツカイ!」


「……イワトビペンギン」


「……」


「……」


 今日は理沙は非番だ。一人で読書でもしながら今後のことについて考えようと思っていたのだが、珍しく待機所に五月がやって来た。別に今更騒がしいとも思わないが、だからといってかまってやる気も起きない。五月はわざとらしくため息をついてから不意に立ち上がる。


「じゃあさ、久しぶりにあれやろうよ」


「……なんで?」


「最近出撃少ないじゃん。お互い体鈍ってるんじゃないかなぁと」


「……そうかもしれないけど、今日は理沙いないし二人ともここ抜けるのはまずくない?」


「だいじょぶだいじょぶ、軽ーくやるだけだから」


「どーだか」


 まあ正直少し退屈していたので五月に付き合ってやることにする。どうも最近はいろいろ考えることが多くて鬱々としていたのは事実だ。こういう時は体を動かした方がすっきりするかもしれない。そんな風に自分を納得させて、私たちは待機所を後にした。




「あら、いらっしゃい。……って、二人とも来ちゃったの?」


「すみません。どうしてもってうるさくて」


「あれ、結構乗り気だったくない? 手のひら返し速くない?」


「すぐ終わらせるんで、開けてもらっていいですか?」


「それは構わないけど、あんまり無茶しないでね」


 新田さんにトレーニングシェルターを開放してもらい二人で中に入る。五月はすでにやる気満々のようだ。


「すぐ終わらせる、なんて言ってくれるじゃん」


「別にそういう意味じゃないって……」


「二本先取、背中ついた方の負けね」


「はいはい」


 こんなことをしている魔法少女は他にいるんだろうか。少なくとも正規のトレーニングには含まれていないし、私も五月以外とはしようと思わない。ただ戦闘の勘とでもいうべきものを養うには、こういう方法しかないようにも思える。魔法少女というのはとにかく経験が全てなのだ。


変身ドレスアップ!」

変身ドレスアップ


 その声を合図にメイとなった五月が飛び掛かってくる。最初からエンジン全開、容赦のない怒涛の攻めだ。久々に暴れられるのでハイになっているのだろう。メイは基本的には遠距離戦闘がメインだが、元々の身体能力自体は私より上だ。今正面からやりあっても勝機は薄い。攻撃をいなしつつ、反撃の隙をうかがう。


「あのさぁ! 聞きたいこと、あるんだけど!」


「なに!?」


 回し蹴りをどうにか受け止め、足払いで返しながら応える。


「新人、どんな子!?」


「えっと! なんか、良い感じの子!」


「そりゃ、良かった!」


 それ、今聞くことなのか? と思うが、こいつに突っ込んでも無駄だ。代わりにその顔面に向かって右ひじを突き出すが、メイはそれをかがんでかわし、そのままタックルしてくる。どうにか踏ん張って耐えるが、力も体格もメイの方が勝っている。このままではまずい。


「あんた……これから、どうすんの!?」


「どうって……何が!?」


「将来の、こととか……!」


「それは、未定!」


 押し負けた私はそのまま床に倒される。勝ち誇ったような顔をしたメイが、私の顔を上から覗き込む。


「瀬戸はさ、余計な事考えすぎ」


「……あんたは能天気すぎ。一生食っていけるほどの貯金はないでしょ」


「まあそうだけどさ」


 メイは私の横に腰を下ろす。お互いに少し息が上がっている。シェルターの金属質な天井だけが視界に映る。


「魔法少女じゃない自分……っていうのかな。そういうの、気づいたら想像できなくなってた」


「だからっていつまでも縋りついていられるわけじゃないでしょ」


「でもさぁ、私それしかやりたいことないんだよね」


 そう言うメイの横顔を見上げていると、なんだか昔のことを思い出す。こいつは昔からずっとこんな感じだ。今に至るまで少しも変わっていない。


 初めて出会ったのは魔法少女の養成所だ。同世代の中でも能力や順応性が高く評価されていたが、こんな適当なやつが最後までやっていけるはずがないと思っていた。だけど五月は試験や訓練では一切手を抜かなかった。そして最終的に私やあいつに匹敵するほどの成績で養成所を卒業したのだった。なぜ五月がこれほど魔法少女にこだわるのか、何か理由はあるんだろうがそれを聞いたことはない。私たちは他人にあまり興味がないという点では似た者同士だ。お互いに詮索しすぎない今の距離感が一番いい。


「そう言う瀬戸はどうすんのさ」


「……いろいろ考え中」


「せっかくだしさ、一緒になんかやってみる?」


「なんかってなによ」


「うーん、ラーメン屋とか」


「……芸能人とか引退したアスリートとかが大した知識もないのに飲食店経営して失敗するのと同じパターンな気がする」


「ほら、そうやってすぐ余計な事考える」


「じゃあ聞くけどあんたラーメン作れるの?」


「さあ? でもラーメン屋になった魔法少女は多分いないでしょ? どうせならまだ誰もやってないことがしたいかなぁ」


「……あっそ」


 こいつと話しているとなんだか真剣に考えてるこっちがバカみたいに思えてくる。まあ最後まで目標が見つけられなかったら、一緒にラーメン屋でもやってやるか。少しだけ肩の荷が下りたような気がした。

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