17.マジカル・カンゲイカイ

「わお、なんか張り切ってるねぇ」


「……正直これでいいのか不安ではある」


 待機所は言ってしまえば私たちの部室のようなものだ。大半の時間はここで過ごすことになるからテレビや自販機もあるし、各々の私物も放置されている。だが今日はいつもと明らかに様子が違う。部屋がきれいに片付けられているだけでなく、テーブルの上にはお菓子や飲み物が並べられ、さらには『魔法少女の心得』と書かれた謎の冊子まで置かれている。これらは全て理沙が準備したものだ。


「にしても早いよねぇ。てっきり来年になってからだと思ってたんだけど」


「支部長としては少しでも早く現場に慣れてほしいみたい。まあ確かに実戦の方が吸収も速いけど……」


「しばらくは私らが面倒見てやらんとってことか。ま、いいんじゃない? 理沙はほっといても勝手に成長しちゃったし、引退前に先輩らしいことしとくってのも」


「んー……あんたもしかして意外と楽しみにしてる?」


「逆に瀬戸、テンション低すぎじゃない? 自分で選んだんでしょ?」


「いや、まあ、そうなんだけどさ。やっぱりいざ会うとなると……」


「やれやれ、セブンスともあろうお方が人見知りですか」


 何か言い返してやろうと思ったその時、廊下から話し声が聞こえた。間違いない、理沙の声だ。一度席に座りなおして呼吸を整える。声はどんどん近づいてきて、待機所のドアの前で止まる。そして——


「お待たせしましたー! ここが私たちの待機所です!」


 満面の笑みの理沙に続いて入って来たのは、ポニーテールの快活そうな子と伏し目がちで内気そうな感じの子だ。どちらも面接で一度会ってはいるが、先輩として接するのは初めてだ。


「えーではあらためて紹介します。こちらが水谷五月先輩と瀬戸七海先輩です」


「やっほー」


「よ、よろしく」


「じゃあ今度は二人の自己紹介、お願いできる?」


「はい!」


 元気よく答えたのはポニーテールの子だ。面接の時の印象通り、積極的な性格らしい。


「私、九条真希っていいます! 趣味は野球観戦、特技は早口言葉です! 精鋭ぞろいの広島支部に配属されるなんて感激です……! 先輩方の足を引っ張らないよう、一生懸命頑張ります! よろしくお願いします!」


「精鋭かぁ、なかなかいいこと言うねぇ」


「まあ本部には劣るけどね」


「じゃあ次、間宮さん」


「あ、はい……」


 こっちは面接の時よりもさらに委縮しているようだ。確かこの子の方が九条さんよりも一個年上だったはずだが、その覇気のなさからかあまりそういう風には見えない。


「間宮美空……です。その……よろしくお願いします……」


「えっと、何か聞きたいこととかあったら遠慮しなくていいからね?」


「あ、はい……。すみません……」


「いやーなんか懐かしいね。昔は瀬戸もこんな感じだったよ」


「……そうだっけ」


「さて、それじゃあメンバーもそろったことだし、あらためて——」


 理沙が新人たちに向き直る。その背中はなんだか不思議と凛々しく見えた。


「広島支部へようこそ!」




 この新人歓迎会は理沙が発案したものだ。やや不安な部分もあったが、二人はそれなりに楽しんでくれたみたいだ。ここは軍事施設であり訪問者ビジターの襲来は予測不可能でもあるので、そういった浮かれたイベントは基本的に開催されることはない。今だって出動要請があれば私たちは歓迎会なんて放り出して現場へ急行しなければいけないわけだ。魔法少女になるということは、そういった安息のない日々の中に身を置くということでもある。


 九条さんと五月は早くも意気投合したようだ。五月からすれば私とはそこまで気が合うわけでもないし、理沙も私につくことの方が多いので、純粋に自分を慕ってくれる存在というのが面白いんだろう。稽古をつけてやる、とか言って二人でどこかに行ってしまった。理沙は理沙で一通り話し終わると、まだ手続きが残っていると言って行ってしまった。どうもこの子たちの各種申請の面倒も見てあげてるらしい。よくできた後輩はよくできた先輩にもなり得るということだろう。

 そんなこんなで、今待機所にいるのは私と間宮さんだけという状況だ。先ほどからしばらく沈黙が続いている。ここは先輩である私の方から何か声をかけてあげた方が良いとは思う。しかしふざけた同期とできた後輩のおかげで、自発的に他人とコミュニケーションを取ることからすっかり遠ざかっていた私には、それすらかなりハードルが高い。


「あの……!」


「え、あ、何かな?」


 この空気に耐えかねたのか、ついに間宮さんの方から私に話しかけてきた。やはり私には先輩としての素質はあまりないらしい。間宮さんは一つ一つ丁寧に、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「支部長さんから聞きました。私を推薦してくれたのは、瀬戸先輩だって……。私……せっかく採用していただいたのに、まだ自分に自信が持てなくって……。だから、その、どうして私を選んでくださったのか、教えていただきたいんです……!」


「あー……どうして選んだか、か。そうだな……強いて言うなら……直感?」


「えっと……直感……ですか……」


「なんかごめんね。適当で」


「い、いえ! そんなことは……」


「……私の知り合いにさ、底抜けに明るい奴がいるの。一途で正義感が強くておまけに顔もいいから、周りから一方的に妬まれてた。でもそいつは自分の個性を貫き通して、嫉妬を羨望に、そして憧れにまで変えてしまった。そいついわく『何も特別なことはしてない。ただ自然体でいただけ』って。性格は違うかもしれないけどさ、そういう変わらないでいられる強さ、みたいなものをあなたに感じたの。それが理由かな」


「変わらないでいられる強さ……。それが……私に……」


「自分を取り繕わなくてもいいの。私や五月にもできたんだから、あなただって立派な魔法少女になれるよ」


 五月の言っていたことを思い出す。私も最初は自分に自信が持てなかった。でも失敗したって平然としている五月を見ていたら、自然と重圧から逃れることができた。この子たちにもそんな関係を築いて欲しい。そうすればきっと次の時代を支える魔法少女になれる、大した根拠はないけどそう思えた。

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