44.マジカル・カタキウチ
目の前に漆黒の外殻を纏ったあの騎士が浮かんでいる。だがたとえどれほど強大な存在であったとしても、ここでは自由を得ることは叶わない。この果てしなく虚ろな海はただ私だけのために存在しているのだから。
「これは……Subspaceか。やはりオマエはオモシロい」
「……そりゃどうも」
騎士はこんな状況であるにも関わらず、その悠然たる態度を崩そうとはしない。根本的に私たち人間とは精神構造が違うのかもしれない。だが今となってはもうどうでもいいことだ。
「最後に一つ聞きたい」
「ナンダ?」
「お前を倒せば、この戦いは終わるのか?」
「……ムカチなシツモンだ。セイブツはスベテアラソイツヅける。アラソイのオワリはアラタなアラソイのハジマリでしかない」
「……ならあんたに聞くことはもう何もない」
こいつを殺めることにもはや迷いや躊躇いは感じなかった。こいつらにとっては自らの命ですら争いのための道具でしかないんだろう。
「セブンス、よくやってくれた……!」
そう言って総司令が私に駆け寄ってくる。その姿を見てふと思い出す。
「あの……勢いで倒しちゃいましたけど、よかったんですか? 何か交渉がしたいとか言っていたような……」
「ああ、あれはただの時間稼ぎだ。その必要はなかったようだがな」
「その、ちなみに三十年ぶりっていうのは……?」
「なんだ、聞いていたのか。私が現役の時、一度だけあいつと戦ったことがある。……桜子はあいつに殺されたんだ」
その時、総司令の瞳に鋭い憎悪が浮かんだのをはっきりと感じた。だが総司令はすぐにその瞳を伏せる。
「とにかくこれで最大の脅威は去った。後は本部の上を飛んでいるやつらを片付けるだけだ」
「あ……そうだ! まだ美月が戦っているかもしれない! 早く助けに行かないと……!」
駆けだそうとした私の背で、ガラスにひびが入るような鋭い音が聞こえた。何か、不吉な胸騒ぎがする。足を止め、ゆっくりと振り返ったその視線の先、何もない空間に小さな亀裂が入っている。そこから感じたのは先ほどまでと同じ、ひりつくような強い魔力。一気に広がったその亀裂から出てきたのは、まさにあの漆黒の騎士だった。
「Subspaceはワレワレもツカうギジュツだ。オマエほどハヤくイドウはできないが」
まさかこいつも空間に干渉する魔法を使えるということなのか。だとしたら
「さあ、Second Roundだ。Seventh」
騎士がその腕を振り上げると共に、無数の剣が出現する。こうなったらとにかく時間を稼いで、夢たちがここに来るのを待つしかない……!
その時、突然室内に警報音が鳴り響く。だがこの音は聞いた事がない。いったいなんだ?
「セブンス!
総司令がそう叫ぶのが聞こえた。そして同時に、強大な魔力がものすごい速さで迫ってきているのを感じる。何が起こっているかはわからないが、とにかくここにいるとまずい! すぐさま
総司令はあの桜の木の下にいた時と同じ目をしていた。
——駄目だ、逝かせない! 全身の痛みをこらえ、総司令の元へと全力で走る。何か言いかけた総司令に勢いのまま抱き着いた。頼む、間に合え!
「
私たちが潜った直後、辺り一面が真っ白い光に包まれる。これは、超高圧の魔力。こんなものに飲み込まれたらひとたまりもない。白い光が全てを溶かしていく中でかすかに声が聞こえる。
「オモ……シロ……い……! イイゾ……Hu……man……もっ……トォ……!」
やがてその声も光の中へとかき消されていった。
しばらくするとようやくあたりを満たしていた魔力が途絶え、視界が戻ってくる。そこには信じられない光景が広がっていた。指令室はまるで隕石でも落ちてきたのかと疑いたくなるようなありさまだ。天井には大穴が開いて空まで見渡せるし、床はクレーターのように深く抉れている。もはや騎士の姿もどこにも見当たらない。あれに巻き込まれてしまってはさすがに助からないだろう。
「……どうやらうまくいったようだな」
「今のは……いったいなんなんです?」
「……対
「そのために時間稼ぎをしようとしたんですか? ……自分自身を犠牲にするつもりで」
「結局は君に頼ることになってしまったがな。これで君には二度命を救われたことになる。……おかげで約束を破らないで済みそうだ。心から感謝する」
その時、天井に開いた穴から何かが指令室の中に飛び込んでくる。そこにいたのは美月だった。私たちを見つけるとすぐさま駆け寄ってくる。
「瀬戸さん、無事だったんですね……! それに総司令も……。急に本部に光の柱が現れたから、いったい何が起こったのかと……」
「敵は倒したよ。……美月もあいつを一人で倒せたんだね。さすが本部の魔法少女、すごいよ」
「別にそんなことは……」
そう言った美月が不意に床に膝をつく。そして次の瞬間には変身が解けて元の姿に戻ってしまう。
「美月!? 大丈夫!?」
「……大丈夫、です。少し目まいがしただけで……」
「その手首の傷、だいぶ出血しているな。おそらく貧血だろう。とにかく医務室に運ぶ。手を貸してくれ」
私たちはふらつく美月を支えながら指令室を後にした。
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