45.マジカル・サクセンカイギ

 指令室が吹っ飛んだせいで本部はその機能の大半を失ってしまったが、幸い人的被害はゼロに抑えることができた。美月も数日安静にしていれば特に問題はないだろうとのことだった。残っていた訪問者ビジターも後からやって来た夢とアカツキが殲滅してくれたので、これでひとまずは脅威は去ったという事になる。

 だが総司令にはまだ何か考えがあるようだった。本部の復旧作業が進む中、私たちにまた招集がかけられた。指定された集合場所は本部の最下層、提供者プロバイダーの元に行けるという零番ゲートがあると美月が言っていた場所だ。夢やアカツキと共にエレベーターで深い地下に沈んでいきながら、今一度自分の覚悟を確かめる。きっとまだ戦いは終わっていないんだ。だったら今度こそ、私の手で終止符を打って見せる。

 扉が開いた先には思ったよりも広い空間が広がっていた。そこにたたずむ人影が二つ。一人は総司令、そしてもう一人は——


「やっほー、久しぶり」


「……は!? なんであんたがいるの!?」


「あー! さっちゃん、お久しぶりですー!」


 そこには広島にいるはずの五月がいた。唖然とする私に総司令が声をかける。


「今回の作戦のために私が招集したんだ。メイ、セブンス、ドリームスターライト……魔法少女十九歳組マジカル・ナインティーンと呼ばれた君たちにしか頼めないことがある」


 そう言う総司令の手にはなぜかぬいぐるみのようなものが抱えられている。しかし総司令の顔はいたって真剣だ。はたして突っ込むべきなのかどうか。私が迷っていると夢がスッと右手を上げる。


「あのー、ところでそのウサギさんみたいなのは何なんでしょう?」


「あっ、聞くんだ……」


「ああ、これは提供者プロバイダーだ。と言っても本来の姿ではないそうだが」


「……ええ!?」


 なんだか突っ込みどころが多すぎて少し混乱してきた。するとそのウサギっぽいぬいぐるみがあろうことか流暢に話し始めた。


『これはあくまで仮の姿だ。本体は別の場所にいる。人間心理に基づいてなるべく平和的かつ友好的なデザインにしたつもりなのだが……まあそれはいい。今回の作戦には私も同行する。戦闘能力は持たないので君たちに護衛してもらいたい』


「は、はぁ」


「……とにかく皆揃ったようだし作戦の目的と概要を説明するぞ」


 総司令は一つ咳払いをして話を続ける。


「今回の襲撃で我々は大きな被害を受けたが、なんとか敵を退け略奪者プランドラーを一体殲滅することにも成功した。だがこれはあくまでも戦術的な勝利に過ぎず、事態の根本的解決には未だ至らない。そして今後もこういった敵の攻勢は続いていくものだと推測される。正直言ってこのレベルの敵に毎回攻められていたのではこちらもそう長くは持たない。そこで敵が次の一手を打つ前に今度はこちらから仕掛ける」


「こちらからって……いったいどうやってそんなこと……」


『ここからは私が話そう』


 総司令に抱えられたまま今度は提供者プロバイダーが話し始める。


『私たちも今回の件をただ指をくわえて見ていたわけではない。奴らの発するウェーブを分析し、この世界への侵攻の拠点となっている異空間の位置を特定した。空間転移の中継点となっているその空間を奪取することができれば、敵は訪問者ビジターを送り込む手段を永遠に失うことになる。そこにある零番ゲートを調整してその空間に転移し、速やかに空間のコアを掌握してこちらの支配下に置いたのち帰投する。これが作戦の概要だ』


「君たちは提供者プロバイダーの護衛をするだけでいい。……と言っても行く先は敵の巣窟だ。今まで以上に激しい戦闘になる可能性もある。だが君たちならできると信じている」


「あのー、うちはどうすればいいんですか?」


「アカツキはこちらで待機してくれ。美月が戦えない今、この関東圏を守れるのは君しかいない」


「まあ、しゃあないか……。三人とも頼んだで」


「作戦の決行は明日だ。本部がこの状況では大したサポートはできないが、それでもできる限りのことはする。何かあったら遠慮なく言ってくれ」


 明日、私たちがこの世界の命運を決めることになる。不思議と気負いはなかった。覚悟なら五年前魔法少女になると決意して家を出た時からすでにできている。私は全てを終わらせるという夢を叶えるんだ。胸の内でそう誓った。




「お、こんなとこにおったんか」


 私が武器庫で装備を物色していると後ろからアカツキに話しかけられる。


「私の鎌は壊れちゃったから……気に入ってたんだけどな、あれ」


「わかるわ。なんか愛着湧いてくるよな」


「……ねえ、代わりの武器なにがいいと思う?」


「んー、せやなぁ……」


 アカツキは少し悩んでから自分の刀を手に取った。


「これ、貸したるわ」


「え、いいの!?」


「ええよ。セブンスなら使いこなせると思うし……うちにはこのくらいしかできんから」


「アカツキ……ありがとう」


「セブンスならできる。うちもそう信じてる。頑張ってな」




「あー! なっちゃん見つけましたー!」


「ちょっと、なに……?」


 私が食堂で少し遅めの夕飯を食べていると夢がこっちに駆け寄ってくる。


「あのですね、お花見の件なんですけどどうせなら見学会みたいに一般の人も入れて一緒に楽しむのはどうかなーって思って」


「は!? なんでそうなんのよ!?」


「えーだってその方が楽しそうじゃないですかー」


「はぁ……。もう好きにしたら?」


「じゃあ明日戻ってきたらさっそく総司令に相談してみましょう! もちろんなっちゃんも来てくれますよね?」


「はいはい、わかったよ」


「絶対ですよ? 約束ですからね」


「……うん、約束する」


「えへへ、それなら安心です。それじゃあなっちゃん、おやすみなさい」




「あれ、瀬戸じゃん」


 中庭の桜の下、冬の澄み渡った夜空を眺めていると不意に五月の声がした。


「え……? ちょっと、なんであんたがここにいんのよ」


「いや、散歩してたらたまたま。瀬戸こそ何してんの? 風邪ひくよ?」


 そう言いながら五月はこっちにやって来て私の隣に腰掛ける。


「……星を見てた」


「あれ、そういう趣味あったっけ?」


「いや、ないけど」


「はは、そっか」


 今夜は良く晴れているけど、結局東京のど真ん中にある本部じゃ星なんてほとんど見えない。それでも今は、こうしてどこか遠くを見つめていたかった。


「本当によかったの?」


「ん、なにが?」


「あんただって本部に来れて嬉しいってキャラじゃないでしょ」


「まあそうだけどさ。同期二人が頑張ってるのに私だけぼんやりしてるわけにはいかないじゃん」


「……あんたもそういうこと言うようになったんだね」


「もう十九だしね。それとも前の方がよかった?」


「いや、今の……まあ、どっちでもいいや」


「はあ、相変わらずつれないなぁ瀬戸は」


「ちょっとそれどういう意味?」


「別にー」


 五月だって相変わらずだ。のらりくらりとしてあまり本心を見せてはくれない。だけどこうして話していると、少しだけ寒さが和らいでいくような気がした。

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