07.マジカル・ヒレツナジュツ

 前方に二つの人影が見える。空中に浮いていることからすぐに普通の人間ではないとわかる。剣を手にした緩めの三つ編みの女の子と、背丈ほどもある巨大な金属筒を背負った飄々とした雰囲気の女の子。街のほとんどの人間が知っているであろう、魔法少女トライと魔法少女メイだ。彼女たちの見据える先、雑居ビルが立ち並ぶ市街地の上空には、CGで合成したかのような亀裂が空間そのものに生じている。


「こんなに大きいのは久しぶりだねぇ」


「気を付けてください。そろそろ来ますよ」


 すると亀裂が一気に広がり、空気を震わせるような音と共に何かが出現する。その物体は一見すると矢じりのような形をしていた。だがその真っ黒な表面は不規則に明滅し、空中に漂いながらゆっくりと回転している。


「あれは……?」


 トライが隣にいるメイに視線を向ける。


「珍しいね。……多分、迎撃タイプだ。近づかない限り攻撃してこないけど、的が小さいし耐久もある」


「なら先輩とは相性悪いですかね」


「んー、そうでもないよ。何個か潰したことあるし」


「とにかくここは安全策でいきましょう。先輩は壁を作ってください。私が仕留めます」


「りょーかい」


 メイはやや離れた場所に移動してから、背負っていた筒の蓋を開ける。


術式コード浸透レイン


 メイが唱えると同時に筒の中から大量の液体が噴き出してくる。銀色に輝くその液体はまるで金属のような光沢を放っている。空中に水滴となって浮かぶ液体は、パッと飛び散ったかと思うと、メイたちを取り囲むように広がっていき、やがて完全に外界と遮断される。外からの視点だとそれは空中に巨大な金属球が浮かんでいるように見える。

 球が閉じ切るのを確認してから、トライが剣を鞘から抜き放ち、一気に訪問者ビジターとの距離を詰める。不意に輝きを増したその矢じり型の物体は、甲高い異音を上げながら、鋭い針のようなものを何本もトライに向かって撃ち出した。剣でそれを弾きながらトライはさらに加速する。そして勢いそのままに矢じりに切りかかった。だが、その斬撃は虚空をかすめる。


「あ、意外と速いから気を付けてねー」


「先に言ってください!」


 攻撃をかわした矢じりはトライの頭上で旋回を始める。素早く放たれた針が雨のようにトライに降り注ぐ。


基本術式ベースコード守護シールド!」


 光の盾が召喚され、ギリギリのところで針が防がれる。だが容赦なく無数の針が射出され続け、トライはなかなか敵に近づけない。その時、周囲を囲んでいた壁の一部が分離して、トライを守るように遮蔽を作る。


「ほら、あれやりな」


「すみません、先輩……!」


 トライは動きを止め、右手を心臓の辺りにかざす。


術式コード転写クローン


 トライの体が仄かな光を帯びる。遮蔽から飛び出したトライは、再び敵に向かって飛んでいく。だが、その後を追うようにさらに二つの影が飛び出してくる。そのどちらもトライと全く同じ姿だ。合計で三人のトライが、三方向から敵に迫る。迎撃が間に合わないと判断したのか、矢じりは針をまき散らしながらメイの作った壁に突っ込んでいく。だがそうはさせない。

 猛スピードで飛んでくる矢じりの先端に、思い切り蹴りをぶち当てる。魔法少女の身体能力は特撮ヒーロー並だ。鍛え抜かれた一撃の破壊力は魔法にも引けを取らない。勢いを殺されコマのようにくるくると回り続ける矢じりに、三本の剣が深々と突き刺さる。断末魔らしきものを上げることもなく、矢じりはオイルのようなものを噴き出して完全に動かなくなった。


「お疲れ」


 そう声をかけると三人のトライが一気に私に詰め寄る。


「お疲れって、なんで七海先輩がいるんですか!?」

「ていうかどこから来たんですか? 絶対いませんでしたよね」

「あ、武器持ってないから蹴ったんですね。意外とワイルドですよね、先輩」


「あれ、瀬戸じゃん。なんでいんの?」


「いや、本屋にいたら警報鳴ったから……」


「そっか、ゆっくりしててもよかったのに」


「でも来てくれて助かりました。今回みたいなタイプ、初めてで……」

「あの、ちなみにどうやって来たんですか? 絶対いませんでしたよね」

「さっきの私の戦い、評価するなら何点くらいですか? 百点満点として——」


「理沙、わかったからいったん一人になろう?」


「あ、すみません」

「あ、すみません」

「あ、すみません」


 トライの体が一つに重なり、その意識も再び統合される。


「……で、どこから来たんですか? 急に現れましたよね?」


「ああ、一番気になるのそれなんだ。どうせ外海ダイブでしょ?」


「まあ、うん。先に潜って、隙を見て攻撃しようかと」


「えー、じゃあずっと見てたんですか? 言ってくれればいいのに」


「いや、出ちゃったら不意打ちにならないじゃん」


「さすがセブンス、やり方が汚い」


「勝てればいいのよ、勝てれば」


 足元の方から警報解除のアナウンスが聞こえてくる。後は倒した訪問者ビジターの残骸を回収して帰投するだけだ。ああ、でもこれ時間外労働になるからあとで申請しないといけないのか。企画書だの同意書だの、最近はそんなのばっかりだ。その代わり帰りはゲートを使ってもいい、ということにならないだろうか。遠足は家に帰るまでが遠足なんだから、訪問者ビジターの討伐だってそうだろう。平穏を取り戻した街の上空で、私はそんなことを考えていた。

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