12.マジカル・サイヨウメンセツ

 指定された時間までまだ三十分ほどあるが、どうにもじっとしていると落ち着かない。そんなわけで一足先に会場で待っていることにしたのだが、そこには見知った顔がすでにいた。


「あれ、なんで新田さんがいるんですか?」


「なんでって、もしかして支部長から聞いてないの?」


「えーと、何を……?」


「今回の面接は私も面接官として加わるの。というか、私と支部長と瀬戸さんの三人だけね」


「え、いや、三人って、私の時は八人くらいいましたよ!?」


「そう、それ。相手はまだ中高生の女の子なのよ? スーツ着た大人が寄ってたかって質問攻めするのも異常だと思わない?」


「……まあ、言われてみれば確かに」


「頭でっかちのおっさんなんかより、現役の魔法少女がビシッと言ってくれた方がよっぽどいいわ。そういうわけだからよろしくね、瀬戸さん」


「善処します……」


 結局面接官をする上でのコツとか心構えみたいなものはさっぱりわからないままだ。どういう子が魔法少女に向いてるとか、そういうのもあまり考えたことはない。そもそも五月みたいなやつでも充分務まっているのだから、誰がやってもいいんじゃないかと思うことすらある。だがここでの私の判断は、多くの人間の人生を左右しかねないものであることは確かだ。いい加減なことはできない、自分なりになんとか答えを導き出さないと。


「おや、お二人とも早いですね」


 面接開始の五分前になってやっと支部長はやって来た。特に気負った様子もなく、いつもと全く同じように見える。


「……ほんとに三人だけでやるんですね」


「ええ。その方が瀬戸君もやりやすいでしょう?」


「え、まあ、それはそうですけど」


「ではさっそく始めましょうか。新田さん」


「はーい、それでは一番の方どうぞー」


 心の準備をする間もなくぬるっと面接が始まる。この二人のそういう気取らない部分は嫌いではないけれど、さすがに今ばかりはこれでいいのかと不安に感じる。そんな私の心配をよそに、緊張した面持ちの女の子が部屋に入ってくる。


「失礼しま……え?」


 挨拶して一礼しようとした彼女だったが、私と目が合った瞬間ぴたりと動きが止まった。この前街で変身した時、通行人たちもこんな表情をしていた。つまり、予想だにしないものがそこにいた時の反応だ。まさか、これは——。


「支部長、もしかして私が面接官の一人だって伝えてないんですか?」


「いいえ、そんなことはありませんよ? ちゃんとフルネームでお伝えしています」


「フルネームで伝えたら逆に誰かわからないじゃないですか……」


「あ、言われてみればそうですね。私としたことが、お恥ずかしい」


 硬い表情のおじさんたちがいると思っていたところに、見覚えのある顔の女が堂々と座っていたら誰でもこんな反応になるだろう。この予期せぬ事態に立ち尽くしてしまっているその子があまりに不憫だったので、さっさと打ち明けてしまうことにした。


「えーと、今回面接官を務めさせていただきます、セブンスこと瀬戸七海です。その、よろしくお願いします」


「あ、いえ、そんな、こちらこそよろしくお願いします!」


 なんだかぎこちなく始まってしまったこの何とも言えない空気感の中、支部長は何事もなかったかのように面接を再開する。


「それではまず、一つ質問をさせてください」


 それはいつかも見た光景だった。あの時からこの人はずっと変わってない。言葉ではなく、その目で問うているのだ。君に魔法少女になる覚悟はあるのか、と。


「最高の魔法少女って、どんな魔法少女だと思いますか?」




「……疲れたぁ」


「今回はかなり人数も多かったですからね、お疲れさまでした」


 全員の面接を終える頃にはすでに夕方になっていた。面接自体はほとんど支部長と新田さんがやってくれたので特に問題はなかったが、それでも数十人分の話を聞いてそれを記録していくという作業は思った以上にきつかった。もともと人づきあいは得意ではないし、営業関連の仕事は引退後の選択肢には入れない方が良いかもしれない。


「しかし瀬戸君と同じ答えを言った子は今回もいませんでしたね。もしいれば即決採用も視野に入れていたのですが」


「あ、それなんですけど、私ってあの時なんて答えたんですか?」


「おや、覚えていないんですか?」


「……すみません、緊張してたから記憶があやふやで」


「なるほど、そうでしたか。私はあの時の衝撃を今でもはっきりと覚えていますよ」


「しょ、衝撃?」


「魔法少女なんていない方が良い……君はそう言ったんです」


 その時、おぼろげな記憶が急速に形を取り戻していく。極度の緊張、予期せぬ質問、すでに私の思考はパンク寸前だった。だからつい、本音が出てしまった。言った直後に後悔した。メモを取っていた面接官たちは皆顔を上げ、絶句している。確実に落ちたと、そう思った。だが支部長はどこか嬉しそうにこう言ったのだった。「私もそう思います」と。


「魔法少女なんて、いない方が良いんです。訪問者ビジター提供者プロバイダーもいない、十代の少女たちが命を懸けて戦わなくてもいい、そんな平和で穏やかな世界をこそ我々は目指すべきなんです。君に言われて私はハッとしました。そして君ならそれを成し遂げてくれるかもしれないと、そう思ったんです」


「……それはちょっと難しそうですけどね」


「そんなことありませんよ」


 支部長はそう言って優しく微笑む。きっと支部長は今でも本気でそう思ってくれているんだろう。だが私に残された時間はそう多くはない。その時までに、いったいどれほどのことができるだろうか。自分に問いかけても、すぐには答えは返ってこない。


「難しく考える必要はありません。瀬戸君は今できることをやってくれればいいんです。ああでも、まだ誰を採用するかは決めなくていいですよ。明日三人で選考会議をしますから、その時一緒に考えましょう」


「……そうですね」


 まだ新人採用は始まったばかりだ。面倒なことはいったん忘れて、今日はとっとと休むことにした。

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