13.マジカル・センコウカイギⅠ

 私が焼き立てのトーストにバターを塗っていると、隣に理沙がやって来てトレイを置いた。米とみそ汁、そして漬物。前は納豆もあったが、私が納豆嫌いだと知ってからは、どうも一緒にいる時は食べないようにしているらしい。そんなことにまで配慮しているのかと思うと申し訳なさすら感じるが、納豆の匂いが苦手なのは事実なので、あえて気づかないふりをしている。本当にこんな奴にはもったいないくらいよくできた後輩だ。


「おはようございます。聞きましたよ、面接の話」


「いや、早すぎ。ほんとどこから情報仕入れてるの?」


「別に意識して集めてはいないですよ。普通に会話してたら、ちょっと耳に挟んだってだけです」


「私も一回くらい言ってみたいよ、そんなセリフ」


「で、どうですか? なんかピンとくる子はいました?」


「うーん、どうだろうな。今のところはまだなんとも……」


「せっかく二人採用するんだし、どうせならタイプ違う子がいいですよね。あ、でもいつかはその二人でここを引っ張っていくんだから、気の合いそうな子たちの方がいいですかね」


「うーん、そうかもね」


 理沙としては初めての後輩になるわけだ。やっぱり色々と期待している部分はあるんだろう。だが当然性格や相性だけで選ぶわけにはいかない。個々人の年齢や力量など他にも考慮すべき点はたくさんある。うちは全員十五歳で採用されたから関係ないが、採用された時期によっては年下が同期や先輩になることもあり得るのが魔法少女だ。それ関連の他支部でのいざこざは、私の耳にすら入っている。まったく恐ろしい限りだ。


「あ、そういえば先輩知ってますか? 支部長の噂」


「噂? なにそれ」


「私たちは全員支部長に気に入られてここに来たようなものじゃないですか。だけどそれは偶然じゃなくて、ある法則があるんじゃないかっていう」


「ほ、法則?」


「瀬戸七海、水谷五月、三上理沙……何か共通点があると思いませんか?」


「えぇ……全員十五で採用されたってくらいしか」


「それもはずれではないですけど、ここで焦点になるのは名前です」


「名前……あ、数字?」


「そうです! 全員名前に数字が入ってるんですよ。そして支部長の名前は——」


「一郎……! まさか、そんな……」


「これですべての点は繋がったわけです。広島支部のジンクス……次の新人もおそらくは……」


「え、待って。それだと私たち、名前だけで選ばれたってこと?」


「さあ……真実は闇の中、支部長本人にしかわかりません」


「そんな……」


「じゃあ選考会議がんばってくださいね。ごちそうさまでした」


 そう言って立ち去っていく理沙の後ろ姿を私は呆然と見送ることしかできなかった。




 私が支部長室についた時にはもう二人とも揃っていた。資料を取り出して私も席に着く。


「それでは選考を始めていきましょう」


 支部長は手元の資料を見ながら言う。今回面接を受けたのは三十名。養成所での一次面接と実技試験をくぐり抜けてきた優秀な候補生たちだ。逆に言えば志願者はこの何倍もいただろうけど、最終面接にたどり着けたのはたった三十名だった、ということだ。そしてこの中で魔法少女になることができるのは二人だけ。大半の人間は候補生のまま十代を終えてしまうのが現実だ。


「まず前提としてこれは人員補充ですから、なるべく若い子の方がいいです。今回は十六歳以下に絞ってしまいたいと考えているのですが、お二人ともかまいませんか?」


「ええ、私も同意見です」


「あ、はい。私もそう思います」


「となると一番若いのは三番の子ですが……」


「能力的には少し不安ですね。まだ伸びしろはありますけど、セブンスとメイの抜けた穴を埋めれるかどうか……」


「そうですね……瀬戸君はどう思いますか?」


「え、その……あんまり印象には残ってないです……」


「例えばよ、瀬戸さんがこの子に修行をつけて、自分を超えられる存在になると思う?」


「ええ? それは……どうなんでしょう。まあ、実技試験の評価は私より低いですけど、実戦はまた違いますから」


「では逆に、瀬戸君の印象に残っている子は誰かいますか?」


「それは……その、印象って程ではないんですけど、八番の子がちょっと気になったかなぁって」


「八番……間宮美空さんね。確かに条件的には問題なさそうだけど……」


「この子は最初の質問には『わからない』と答えていましたね」


 その子はどこか伏し目がちで自信の無さそうな子だった。面接においてそういった印象を持たれることは、まずマイナス評価に繋がるだろう。


「わからない、というのも一つの答えだと私は思うんです。最高の魔法少女とは何か、なんて簡単に答えが出せるようなものじゃないですし」


「そうですね。ちなみに水谷君もあの時わからないと答えました。彼女の場合はどこか開き直っているような印象を受けましたが」


「……支部長、よく採用しましたね」


「水谷さんと比べると真逆のタイプのように思えるけど……。気が弱そうだし、途中で辞めたいなんて言い出さないかしら」


「そこなんですけど、こういう内気な子って候補生にはほとんどいないんですよ。訓練がきついのはもちろんですけど、仲間たちを蹴落とすことへの抵抗とか、魔法少女としてのプレッシャーとかを人一倍感じちゃって、途中で耐えられなくなって辞めちゃうんです。でもこの子はその内気なままの自分で、この最終面接までやって来た」


「つまりそれらを乗り越えられる人一倍強い意志を持っているということですね」


「はい、私はそう思います」


「新田さんはどうですか?」


「瀬戸さんが言うなら間違いないわ。異存はありません」


「そうですか。では——」


 支部長は赤ペンで「八番」に丸をつける。


「瀬戸君、やっぱり君に頼んでよかった」

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